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――駄目だ。眩暈がする。
クライアントのためとはいえ、今日は一日、ピヨたんで愛想を振りまいた。長蛇の列の撮影会をこなし、アヒルの手でサインもした。その上、シメがこの終わりなきピヨたん音頭だ。
もう倒れると思った瞬間、舞台袖から鋭い視線を感じた。
その男は死んでも倒れるなと言っていた。いや、本当のところは分からないが、そう言っている気がした。
――俺はもう、半分死んでいる。スチームオーブンで焼かれた北京ダックだ。いや、出身は埼玉だから……埼玉ダックか。
ぐるぐる回る頭でその男、周防久嗣のことを思い浮かべた。
周防はEKコンサルティングの日本支社が誇るエリートコンサルタントだ。東洋製薬の業務プロセスを改善させたのもこの周防で、わずか三十歳ながらPMを務めている。業界のトップオブトップ、外資の戦略系コンサルティングファームを渡り歩いてうちの社に辿り着いた逸材だ。
けれど、陽向はそんな周防のことが苦手だった。
真面目で堅物、ポーカーフェイスを超える無表情で、プロジェクトルームのモアイ像と呼ばれている。表情筋ゼロのクールな鉄仮面なのだ。すらりと背が高く、作り自体は阿修羅像のように怜悧で美しい顔をしているが、切れ長の細い目が怖くて仕方がなかった。
本気で睨まれたら石になってしまう。
あれは半眼だ。
半分は外の世界を見て、残り半分は自分の内面を見つめている。
陽向がやればただの寝起きの薄目だが、周防の目には物事の本質を見極める〝心眼〟のような鋭さと内なる動きがあった。
その目に今、睨まれている。
考えただけで背筋が寒くなった。
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