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「スーツ姿の男性は大丈夫だったの? なんか、ピヨたんがピヨたんがって、叫んでたけど」
「ピヨたんってこの患者のことですか?」
「そうらしいな。全く、あの男の方が意識混濁してたよな」
「ぷっ。ホントですよね」
年配の医師も同じように苦笑している。
あの男とは周防のことだろうか。
まさかな、と思う。
周防はいつだってポーカーフェイスで冷静沈着な男だ。陽向のことで取り乱すはずがない。
それよりも陽向は、祝賀会のことが心配だった。クライアントである東洋製薬に迷惑を掛けなかっただろうか。製薬会社の創業記念祝典に救急車が来るなんて本気で洒落にならない。
何事もなく終わってればいいが……。
また意識が遠のく。
ポピー畑の中で楽しそうに踊っているピヨたんがいた。そのふわふわの手が千手観音のように重なって見えた。
処置を終えた陽向の体は救急救命センターから一般の病棟へ移されたが、陽向にその自覚はなかった。夢うつつの中、病室のベッドの脇に誰かが立ち、大きな手で頭を撫でられた気がした。温かくて体がふわりと浮くように気持ちがよく、全部、夢だと思った。
なんか、優しいな。
――ばあちゃん……。
死んだ祖母が慰めてくれた気がして、陽向は深い安堵の中、眠りについた。
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