妖精を嫌いな妖精 ティン子

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妖精を嫌いな妖精 ティン子

2584d8e6-e874-4484-b42a-b7ea683b8db6  今日の洋一郎之介は、家で見ていた空飛ぶ少年ピーターのDVDに夢中でした。その中に出てくる可愛らしい妖精ティンカーベルに堪らない魅力を感じていたのです。 「可愛いなあ。ティンカーベル。俺のもとにもティンカーベルみたいな小さくてキイキイ言う子、来ないかなあ……」  洋一郎之介は、いつも自分が接している数多の妖精とティンカーベルは何か別物に感じていました。そうです。あんなに可愛い妖精と出会ったことが無かったからです。  その時です。お母さんがリビングの棚に飾っている造花が突然破裂しました。 「ななな、何事! テロ?」  洋一郎之介は、ビックリ音的なものに滅法弱いので、当たり前のように腰を抜かしました。 「バカヤロー! てめえ! ザッケンナコラー!」 「えええ? いったい何?」  破裂した造花の中から現れたのは、パッと見はティンカーベルを思わせる小さな女の子でした。しかし、よく見ると、ひっつめ髪に、鋭く攣り上がった目(しかもシンクロナイズドスイミングの選手のように激しめのアイメイクを施し)、顔にはメイクで稲妻のような線を入れ、おでこにはNOなんて書かれています。  さらには、可愛い妖精を思わせるふんわりした服を着ているのですが、胸元に『嫌悪』なんて大きく書いてあり、色々と驚きの雰囲気でした。 「アタイが何かって? 見りゃ分かるだろ! 妖精が嫌いな妖精ティン子とは、このアタイのことさ!」 「ティ……ティン子……? 君は妖精なの? ティンカーベルじゃなくて?」  どう見ても、ティンカーベルには見えないソレに対し、僅かな望みをかけて、洋一郎之介は尋ねました。 「カーッ! あんな妖精と一緒にすんじゃねえぞ! バカヤロー! 男の周りでヒラヒラ、ヒラヒラしやがって! キラキラしてりゃあ、可愛いと思ったら、大間違いだぜ! ガッデム!」  ティン子は、そう言って中指を突き立て、空中に羽ばたきながら地団駄を踏みました。 「何でそんなこと言うのさ! ティンカーベルの粉は空を飛ばせてくれたりするんだぜ! すごいじゃないか。俺は空を飛んでみたいから、是非とも掛けて欲しいね。キミ、持ってないの? そういう粉」 「そんなダッセエ粉なんかねえよ! アタイが持ってる粉は、飛べると信じている奴らを疑わせて、飛べなくさせる為の粉さ。これで墜落させてやんのよ!」  ティン子はケケケと口をひん曲げて笑いました。 「キミさあ、妖精が嫌いだって言うけど、単にティンカーベルが嫌いなだけじゃない? 俺、けっこう色んな妖精を見てきたけど、妖精を嫌いだって言うと、色んな出来事を嫌わなきゃいけなくなるぜ。大変だよ」 「えっ?」  ティン子は洋一郎之介の率直な意見を前に、急に狼狽えました。体をガタガタ震わせたのでティン子から粉が出てきます。 「妖精って……あれだけじゃないの……?」  ティン子は徐々に自分の出した粉に自分が浴び始めました。すると、あれだけ嫌っていたティンカーベルのことが、どういうわけか嫌いになれなくなってきたのです。 「アタイ……アタイ……何か思い違いをしてたのかな……」 「そうだよ、ティン子! キミはまだ若いんだから、いつだってやり直せるさ。俺もこんなに学校サボってばっかりで、どうしようもない自分のことが、なんだか……情けなくなってきたよ。いけないね。こういうことをしてちゃ」 「アンタ……。どうしたんだろ。アンタなんか、バカみたいにティンカーベルなんかに浮かれてこのスケベ野郎! なんて思ってたのに……なんか……すごく……」 「なんか……すごく何だって? 言ってごらん?」  洋一郎之介がティン子をツンと突くと、ティン子は頬を真っ赤に染めました。 「バババ……バカァ! アンタなんか、アンタなんか……もう知らないんだからぁ!」  それだけ言うと、ティン子はボムゥと消えていきました。そうです。二人ともティン子の粉の成分で、自分の考えと反対のことを何となくしていただけなのです。  ティン子が消えてしまえば、粉の影響もなくなりました。洋一郎之介は、反動で余計にダラダラしてしまい、その日も結局学校には行きませんでした。  ティン子も今頃は反動で、より妖精が嫌いになっているかもしれませんね。
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