はるのあじ。(山の赤目線)

1/8
前へ
/21ページ
次へ

はるのあじ。(山の赤目線)

 火曜日午前1時。   誰も居ない暗い部屋とは解っていても、家のドアを開けば自然と声が出た。 「ただいまー…」 月曜ゼロサム終わりで日のテレから家に帰って来た時。何時もならここで奥から『おかえりー』ってのんびりしたリスポンスが帰ってくるけれど。此処1か月以上はそれが無い。 手探りで玄関の明かりをつけて。ネクタイ指先で緩めながら奥に進む。 洗面台で手を洗ってうがいして。 腹減ったから買ってきたつまみ食べながら飲もう、と居間の明かりをつけた途端。 「――?」 違和感に気づいた。 ラヴソファの前のローテーブルの真ん中に、スタンドにセットされたタブレット端末が見える。 「ええ…何だよこれ」 夕方出がけにタブレット使ったこと覚えてない自分が怖くなる。 疲れすぎてるのかもう考えるのも面倒臭かったけれど。 キッチンに入って明かりをつけて漸く、違和感というか、犯人の正体が分かった。 ――ああ。サトリ君が来てたんだ。 何だかいい匂いがすると思ったら。 買ってからまだ2回くらいしか使ったことが無い炊飯器のコンセントが繋がれて保温状態になってた。 御飯茶碗の上に、ご丁寧にしゃもじが乗っかってる。 恐る恐る炊飯器の蓋を開けるスイッチを押すと、ぱか、っと開いた御釜の中から湯気が上がった。 「あっつ!!」 手を挙げて湯気から逃れるように後ろに一歩下がってから、もう一度恐々のぞき込む。 「――え!ああ、マジで?筍ご飯!?美味そう!」 ほんのり色づいた、鰹出汁の香るご飯の合間に、薄切りした大量の筍が見える。 「…じゃあ――有難く頂きますか…」 目の前のしゃもじ掴んで、御釜の中の筍ご飯を撹拌してから、山のようにご飯茶碗に盛り付ける。 「ありがたいけど…サプライズっていうかコレじゃあテロじゃないの」 留守中の恋人の家にこっそりやって来て、ご飯を作り置いて帰っていく。 こういうのも最近流行りの所謂「飯テロ」の一種なんだろうか。 想像するのは面白いけど。何だか寂しい。 「あぁ…サトリ君と一緒に、ご飯食べたいなあ…」 取り敢えずお礼言おうと思ってスマートフォンの画面撫でてサトリ君のららいん画面を開く。 ――筍御飯ありがとう。今から頂きます。 と打ち込んだ途端に既読チェックが付いたから暫く待ってたら。😆笑顔のスタンプが付いた後、 さとり「おかえり。餃子もあるよ。冷蔵庫みて」 餃子?って――最近漸く冷凍餃子を買って来て自分で焼けるようになったから、ストックしてたそれを焼いておいてくれたのかと思って冷蔵庫開ける。 ラップがかけられた皿があったから取り出したら。 「え?――冷凍餃子じゃ…ない?」 冷凍食品のような同一の型で作ってる餃子とは違うのは明らかに解る。 大きさや襞の取り方がひとつひとつ微妙に違ってるのが手作り感満載。 綺麗に焼き目がついた餃子が9個、青い皿の上に風車みたいに丁寧に円形を作って並んでた。 ――もしかしてこれサトリ君が作ったの? さとり「そう。俺が作った竹の子餃子だよ」 あっという間に返信が来るから。画面の向こうで含み笑いしてるのが想像できて何だかこっちまで微笑む。 ――ありがとう。これも頂きます。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加