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『FLOAT IN THE WIND』(ルン×サトリ)
夜の海が見たい。
なんて我儘を聞き入れたのが、間違いだったと俺は今更後悔した。
「――鳥に、なれ」
夜の冷たい陸風に煽られるように腕を広げて、何故か微笑みながら呟く小野さんが。
どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって不安にまた突然襲われて。
俺は思わず目の前で広げられた腕を追い駆けて、その手首を力任せに掴む。
肌を合わせて知っているはずのあの温もりのカケラすらない…
――何て冷えた手。
俺の熱い手のひらまで冷めて行くのが。ココロを冷やされて拒まれたようで悲しくなる。
「行くな」
訳も解らず懇願した。
「え…?」
何云ってるんだ、と云わんばかりの顔で振り返ってくるから。
「――あんたの心は何時も俺を置いて、宙を、漂ってるみたいだ」
今度は困ったように、首を傾げてる小野さんに、吐き棄てるように云う。
「俺だけが…俺ばっかりが置いてかれたくなくて追っかけてて。バカみたいじゃねえか」
何言ってんだ俺?
怒ってる俺の顔見て何故かふにゃり、って唇を広げて笑った小野さんは。
「…ルン。俺今もの凄く嬉しい、なんて云ったら…もっと怒るか?」
俺のコートの前を開いたら。背中を預けるようにしてきて、また合わせを閉じた。
「なあ、小野さん――愛してる…」
狭くなったコートの中で背中越しに抱き締めながら囁いたら。やっと小野さんの温もりを感じた。
「――お前がちゃんと引き止めてくれるから。俺は何時でも自由で居られるんだ。――アリガトな?」
アナタの有難う。って言葉は、どうしてこんなに胸に支えるくらい苦しく響いてくるんだろう。
――そうじゃない。
ただ、愛してる。ってひとこと返して欲しいだけなのに。
俺の隣にずっと居るって云って、安心させて欲しいだけなのに。
嘘でもそれを言わない貴方は、狡くて、優しい。
「――っっ!」
腕の中から開放したらまた貴方は風に漂いたがるから。
俺はまた戒める力を、少しだけ強くするしかなかった。
(了)
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