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どこで間違ったんだっけ。
まとわりつく深い暗闇の中で、逆さまのチムチムはゆっくりと エントツの底へと沈んでいった。
電磁ブラシは失われて、装備も闇の中へ肥料の様に分解されつつあった。朦朧とする彼女の頭の中では、妹との思い出が駆け巡っていた。
幼い日に遊んだこと、おやつを取り合ったこと、年齢を重ねて段々とすれ違っていったこと、そして、妹がソウジヤ試験を受けると言って家を飛び出した日のこと。
どこで間違ったのか、とチムチムは思った。本当はどこかで妹の死を止める事が出来たし、そうするべきだったのではないか。その後悔が、彼女自身にソウジヤとなる決断をさせ、その決断が、今まさに彼女自身を死に追いやろうとしていた。
どこで間違ったんだっけ。
チムチムの意識は遠のき始めた。
「そこのバカ! 起きなさい!」
聞き覚えのある声に途切れそうだったチムチムの思考がふっと繋がった。チムチムは目を覚ました。
わずかに粘性のある黒い煙の中を、青白い光が照らしていた。足元の方へ目をやると、チェリーが背中に挿した電磁ブラシで辺りを照らしながら、煙の中を平泳ぎのように掻き分けてこちらへ向かっていたのだ。暗くて表情は見えないが、動きから必死さが伝わってくる。
「……あんた、なんで……?」
「人をこんなとこまでこさせといて普通そんな事言う?」
「なんで来ちゃったんだよ、こんな所まで!」
チムチムはもがいて身体を反転させると、チェリーの方へ向かった。
しばらくして、二人は煙の中で浮きながら無言で対峙していた。空気の中には主張したい思いが飽和しているが、それらが言葉になるきっかけだけが失われているようだった。
「ねえ」口火を切ったのはチェリーだった。「あなたがどんなこと思ってるか、わたしは分かんないよ」
「……うん」
「あなたは何も言わないじゃん? それに……わたしも。だから何を考えてるのか分からないまま、ずっとプンプンしちゃう」
「……そうだな」
「ジュリー艦長、わたしたちしか世界を救えないって。わたしたち、世界にとってチャンスなんだよ。わたしたちが生きてる限り世界にチャンスがあるって事? でもわたし、そんな状況の中にいても自分の事ばかり考えちゃう。わたしはわたしのチャンスの事を考えてる」
「あんたのチャンス?」
「わたしたちが分かり合えるチャンス。これを逃すと以外とわたし、後悔しちゃうかもってついさっき思ったの。で、ここまではるばる来たわけ? 理解した?」
「……分からない」
「あなたって本当にムカつくね」
「……でも、ありがとう」
「……そうそうそれ、それを早く言えっての」チェリーは電磁ブラシを両手で掴み、チムチムの目の前に差し出した。「あなた、自分のブラシはどっかにやっちゃったんでしょ?」
「うん」チムチムは差し出された電磁ブラシを両手で掴むと「こういう事だろ?」と言って微笑んだ。
「今度はいやに物分かりが良いんだね?」チェリーは不愛想に言った。「行くよ」
チェリーは電磁ブラシの出力を最大にした。電磁ブラシが特殊ファイバーを白く発光させると、エントツの中に雷鳴が響いた。
「話の続きはエントツの外でさせてくれ!」雷鳴に紛れる様に、チムチムが叫んだ。
「当たり前でしょ!」そう叫んだチェリーの表情が一瞬だけ照らし出された。
こっそり微笑んでいたように見えた。
ブラシに掴まった二人は、高速でエントツの外へと飛び出していった。
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