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出された最中を平らげながら、若様が顔を上げた。
「む。なかなかの名手ではあるが……心をかき乱される激しい調子だ」
誰が弾いているのかという問う前に、側近の原田が思わずといった風に笑った。
「ああ、思い出しますな。お静殿の琵琶の奇妙な音色。宴席でいつもお召しになっていたあの瓢箪柄。殿もお楽しみでした」
若様が静に顔を向けた。
「まあな……あの頃は楽しかったな、お静」
予定していた琵琶の音色が流れてこないことに困惑した静が、心ここにあらずといった風情で頷いた。
「……ええ。そう、そうですね」
「そなたと会う機会も滅多になくなったが、今ひと度、あの珍妙な琵琶の音が聞きたいものだ」
静は母屋の方に目をやり、口ごもった。
「あいすみませぬ。私は流浪の身、今はさる高貴なお嬢様に伝授してあるのですが……」
「高貴とな……その娘御の音色を聞きたいものよ」
「ええ、無論でございます。大変お美しいお嬢様で。すぐに……あの、しばしお待ちくだされば」
静と喜兵衛が焦りの表情で目を見交わした。
それを側近にふさわしく如才無い原田が別の合図と受け止めた。
「若、そろそろご出立の時ですな」
「うむ」
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