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会話を切り上げた若様が立とうとすると、喜兵衛がすがった。
「あの、若様。もう少し。珍しい庭石が」
「よい。世話になった」
若様はさっさと門前の馬に向けて歩き出した。
「いえ、あれは……あの箏は、我が娘のお園が弾いておりまして。しかし本当は、琵琶を……」
「そうか。名手である。少々場違いだが」
若様は馬にまたがると、未練の素振りも見せず立ち去った。
喜兵衛がうなだれ、静はそっと園の部屋をのぞき込んだ。
「お園殿。お怪我の具合はいかが」
途端に園が叫んだ。
「出て行って!」
「これ、お園」
志乃が止めに入ったが、園は痛めた足をものともせず静に詰め寄った。
「若様に気に入られていたのは、お静様ではありませんか!」
「……面識があっただけの事です」
「なにもかも嘘だった。お静様は本当に、おかしなお方!」
「お園。お静様の御身分を黙っていたのは悪かった。お国家老より一時期だけで良いからお静様を密かに養って欲しいと頼まれ、見返りに若様との席を設けていただいたのだ」
喜兵衛が園をなだめる間に、静は深々と頭を下げた。
「……お園殿。申し訳ないことでした」
園は顔をそむけた。
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