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広々とした座敷で、顔が隠れるほど大きな琵琶を抱え込んで悪戦苦闘している園の前に、のんびりと朝餉を済ませた静が端座した。
「お園殿。ずい分上達されましたよ」
「……お静様。こちらの琵琶は私には大き過ぎます。それに私は筝の方が心得がございますのに」
園から不満を受けた静は、武家娘らしくきりりとまとめ上げた髷を振った。
「お園殿。巧拙は問題ではございません。若様におかれましては、こちらの琵琶の野趣あふれる音色をお好みなのです」
お静から噛んで含めるように諭された園は、花よとも称賛される面を引き締めた。
「しかし。この琵琶では、あちらの縁側にお掛けになる若様から私の顔が見えませんでしょう。その点、筝であれば見栄えも申し分ございません」
思いがけず言い返された静は、怒るでもなく沈着さがよく似合う切れ長の目を細めた。
「お園殿。大切なのは」
ふ、と鼻息を吐きながら静が園の抱える琵琶の糸を弾き、園の頭蓋で緊張を孕む音がくわんくわんと反響した。
「お園殿がこの琵琶を弾きこなし、若様のお目に留まることでございます」
「……」
「下世話なお話をすれば、若様は見目も麗しいお方。きっと、お園殿とお似合いですよ」
「……ええ」
園が琵琶に手を回し、苦心しながら糸を弾くと、締まりのない音がした。
「ご安心を。私は若様とは旧知の仲。若様の御来訪までにお仕込みいたします。私はそのために遣わされたのですから」
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