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(勝利)
集合場所に着いたが、さっきからお腹の調子が悪く腹痛が襲って来ていた。
集合場所に人が集まり始めてきたが、父の所に行き
「ちょっとお腹が痛くなって来たから、トイレ行って来るね。
「分かった。もう時間もあまり無いから、トイレが終わったら、そのまま配置場所に行っていいぞ」
「分かった。」
僕はトイレに駆け込むが、こんな時に限ってトイレが空いてない。
他のトイレに移動したいが、激しく動くと我慢できなくなりそうだったので、このまま待つ事にした。
そしてやっと一つ空いて、トイレに急いで入り、用を足す。
肝試しも気になるが、今はそれどころでは無かった。
こんな時に限って、お腹が下っていて、腹痛も治らない。
しばらくトイレに閉じこもって、やっと腹痛も治まりかけた所でトイレを出た。
既に肝試しは始まっていたので、急いで配置場所に向かった。
所々で叫び声が聞こえて来る。
あっ!分岐点だ!
灯りを見つけて、更に急いだ。
そして分岐点に着くと
?
あれ?社長の娘がいない。
キャー
?
あれ?登山道の上の方から叫び声が聞こえた。
社長の娘が誰かに襲われている?
僕は、そんな事を思いながら、武器になりそうな物を探すが見つからない。
しょうがないので、足元にあった、ちょうど野球の球ぐらいの大きさの石を見つけ、それを持って叫び声のした場所に走る。
「誰か〜助けて!」
すぐ近くから声がした。
目を凝らして辺りを見回すと、木の下でうずくまっている社長の娘の姿が見えた。
その前方から鹿が突っ込んで来るのが見えた。
僕は振りかぶり、鹿に目掛けて石を投げた。
当たった!
当たった鹿は、逃げて行く。
うずくまっている社長の娘の所に行き声を掛けると、社長の娘が僕の胸に飛び込んできて、震えながら泣き出した。
少し胸を貸していると、下から悲鳴が聞こえて来た。
僕は、震える程怖がっている彼女を冗談を言って、落ち着かせようと
「あっ!今の悲鳴。君の悲鳴に似てたよ」
と言うと、胸から顔が離れて、僕を睨み
彼女の手が僕の頬に向かって飛んできた。
ビシッ!
痛!
すかさず彼女が
「アンタがいなかったから、心配してこんなとこまで来たんだからね。
ふざけないでよ!
私、テントに戻るから、アンタが一人で驚かす役をやってね!」
と彼女は言い放ち、怒りながらこの場を離れていった。
?
僕を心配して、こんな所まで来ていたんだ。
そうであれば、さっきの言葉は非常識であり、彼女が怒るのは当然だと思った。
取り敢えず分岐点まで降りて行く。
すると肝試しに参加している男女二人が、こっちに向かって歩いて来るのが見えた。
僕は身を隠し、用意されているテープをまわす準備をする。
彼氏だろうか、男性が石を置いたのを確認した僕は、テープを流す
「助けて〜」
すると女性が悲鳴をあげる。
「キャー」
彼女はその場にうずくまり、彼氏が手を貸して、彼女を立たせた。
僕はその一連の行動を見て、人の仕業と分かっていて、悲鳴をあげるのと、さっきの彼女の悲鳴は明らかに違う事に気付いた。
彼女の悲鳴は、自分の命の危機を感じて発した悲鳴だったのだろう。
そんな危険な思いをさせてしまった事と、不適切な発言をした自分を恥じた。
とにかく謝ろう!
そう思った僕は、分岐点を離れて入口に向かって走って行く。途中でお化け姿の母を見かけたので
「母さん、テントに戻るね。」
「どうしたの?」
「彼女に悪い事しちゃって、謝ってくる。」
母はこれ以上聞かず
「分かったわ。行きなさい!」
と言ってくれたので、また走り出す。
「勝利、頑張ってね」
と後ろから大きな声で、僕に向かって叫ぶ母の声が聞こえた。
頑張ってって?
テントが見えた。
テントの内に灯りがついているので、僕は更にスピードを上げて走った。
息を切らし、走り続ける。やっと、目の前にテントの入口が現れ、スピードを落として、入口前に着いた瞬間、勢いよく閉まっていた入口が開く、僕は目の前にいたので後退りすると、石につまづいてバランスを崩す。そこへ彼女の体が僕にぶつかり、転んでしまった。
痛!
すると彼女が近づいて来て、僕に手を差し出す。
差し出してくれた手を掴もうとした時、彼女と目が合った。
彼女は僕に出した手を引っ込めた。
転んで服についた汚れを手で払いながら立ち上がり、彼女に謝罪する。
「さっきはごめん。」
「何が?」
「何がって、僕を心配して来てくれたのに、あんな事言ってごめん」
「だから何が?」
えっ!
「いや、だから」
と言い直そうとすると
「だから別に何とも思ってないから、いいって言ってるのよ!
別にアンタを助けるつもりで行ったんじゃあ無いから!」
まさかこんな切り返しが来るとは思わなかった僕は、彼女の言葉に反発してしまう。
「じゃあ何で、あんな所に一人で行ったんだよ!」
「そんなの散歩よ、散歩」
まったく、本当に素直じゃない。
「そうなんだ。分かったよ。ただ取り敢えず謝りたかったから、勝手に謝らせてもらうよ。
さっきは本当にごめん。」
何を言っても聞きそうも無かったので、それだけ言って戻ろうとすると
彼女が急に訳の分からない事を言ってきた。
「アンタ、背はもう伸びないわよ!」
?
「アンタのお父さんも、手と足が大きいのに、背が小さいでしょ。アンタの手足が大きいのも遺伝よ。だから、もう背も伸びないのよ。」
?
何でいきなり?
まったく予想外の事を言ってきたので、訳が分からない。
「君には関係ないだろ!」
僕も薄々感じていて、実は凄く恐れていた事である。
それを僕の事を知りもしない人が言ってきたのだ。
僕は明らかに動揺していた。
彩香ちゃんの事、野球の事等、僕が想い抱いていたプランが崩れ落ちていく感覚が襲う。
こんな何とも無い一言が僕の夢を崩していく。まだ今日会ったばかりの、一人の女の子に。
僕は、この場に居たくなくて、逃げ出す様に走った。
宛など何も無く、ただ現実から逃げるかの如く、闇雲に走った。
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