妖精がきた

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妖精がきた

という難しくもない話は以上にして、かき氷の話である。 私はあるお店で働く妖精である。 そこではアイス・かき氷・シェイク・フライドポテト・お好み焼き・ハンバーガー・たこ焼きなどなど、いわゆる「おやつ」を扱う店である。 そんなお店で私は創立から30年程度働いている。 もう一度言うが妖精だ。 店の名前は伏せさせてくれ。私を含めた同僚の妖精たちが捕獲されてしまう。 給料・待遇・資格云々は特にない。 たしか、先週ボーナスに紫陽花の鉢植えを店長から頂いた。 私の仕事内容はかき氷製造の補佐である。 氷自体は専門の店に発注をかけて購入するのだが、蜜は全て自家製である。 蜜を作る手伝いが私の仕事だ。 店長の息子がそこに就職してから、蜜作りは彼の仕事になった。 営業時間を過ぎ、電気が落とされた店内で一人コンロに向かう彼を見ると胸がいつも苦しくなる。 ぐつぐつと鍋を煮立てて無言で蜜を混ぜる彼。 あわれ、彼は犠牲となったのだ…そんな台詞が私の口からぽろりと出る。 まあ、別に彼は犠牲になったわけでも何でもないのだが。 しかし、夏…というかかき氷を扱う期間はこの作業を毎週2回ほど行う彼には尊敬の念を抱かずにはいられない。 なんといっても、室温が(怖くて確かめたことはないが)40℃近くもしくはそれ以上でもぐつぐつするのだ。 ぐつぐつしなければいけない。 ぐつぐつしろ。 ぐつぐつするんだ。 お前がしなければ誰がする。 今こそぐつぐつするべきとき。 何故なら人がかき氷を求めているから。 ちなみに、その店ではかき氷は3月~12月31日まで取り扱っている。これいかに。 あつーい夏は言うまでもなく、さむーい冬でもかき氷を求める人はいるのだ。 そういう人は、大抵持ち帰りとして蓋が閉められたかき氷を更に冷凍して、風呂に入りながら食べるという。 うまいのだろう。 更にそういう人に限って常連客なのだから、旨くて美味くてはまってしまったのだろう。 こちらは口元が緩むのを押さえきれないがな。 うまいんだろう? 彼のぐつぐつの甲斐があったというものだ。 あれだけあつい中でのぐつぐつだ。 おいしく思う存分いただいてくれ。 さて、私の仕事であるが。 彼の仕事はぐつぐつ…じゃなかった。 蜜を「煮込む」作業までである。 ここで出来た蜜とは透明なものだ。 砂糖水を煮込んだ物だと思ってくれていい。 私はその蜜に色づけを行う。 かき氷の味にはイチゴ・メロン・レモン等色々あるだろう? しかし、あれらは基は同じなのだ。 今日は定休日、明日は彼がぐつぐつする。 そのため、私は外へと足を運び材料を集めるのだ。 蜜を色づけするためには、基となる透明な蜜にそれぞれの「マジックパウダー」を入れればいい。 パウダー(粉)と呼ぶが、私は固めてキャンディ(球)の形にしておく。 パウダーほど早くは溶けないが、キャンディであっても数時間ほどで蜜に溶けてしまう。 透明な蜜が入った大きな瓶にぽちゃんとキャンディが沈み、じわりじわりと色が溶け出すのを見るのはなかなかに楽しいものである。
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