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私と姉はリビングのテーブルで向き合った。手のひらにカップの温もりを感じる。
私と姉に、両親はいない。両親は、私が中学二年生の頃に交通事故に遭い、天国に旅立った。大学生二年生だった姉は大学に通いながら、キャバクラで働きだした。私の生活を支えているのは、姉にいれ込んでいる世のオジサマ方のマネーなのだ。それはそれは感謝だ。
働き始めて二年経たないうちに、姉は店でナンバーワンのキャバ嬢になった。私とは違い磊落な性格で、男だろうが目上の人間だろうが、幼なじみのように自然と話す。そこに、不快さを残さないのが姉の才能だ。ナンバーワンになったと聞いた時、私はさほど驚きもしなかった。
姉の能天気なほど明るい振る舞いは、無駄な強風のように苛立つこともあるが、姉妹たった二人で生きている私たちにとって、暗いトンネルを掘り進める黄金のシャベルのように貴重なものだった。もし、姉まで私と同様に悲観的な脳みそユーザーだったら、富永姉妹の乗り合わせた人生の小舟はとっくに沈没していただろう。
「なんかガッコーでイヤなことでもあったんでしょう?」
姉のまなざしは優しい。
わずかに間をとって、私はうなずいた。
「姉ちゃんにいうてみ、いうてみ~」
大阪のオッチャン感。私が話をしやすい雰囲気を作ってくれてるのだろう。
「実は――」
ついに、私は打ち明けた。初めてのことだった。胸に充満する苦しみの気体をゆっくり吐き出した。
今までずっといじめのことは黙っていたが、今日のヌードランという地獄を味わい、さすがに忍耐の限界がきた。
気づけば私は泣いていた。鼻水が上唇に沿って垂れる。わずかにしょっぱい。涙をしぼりだすように拳を太ももで握りしめた。
何で早くいわなかったの? と怒られるかもしれないと思っていた。が、そんなことは一切なかった。一言も口を挟まなかった。
姉は私の手を握りしめて、ただただ聴いてくれていた。
涙も終電を迎え、しばらく私は黙っていた。
姉は腕を組んで天井を見上る。「ううーん」と何やら思考をめぐらせている。
私を慰める言葉を選んでいるのだろうか。痛みを共有してくれただけでもありがたい。もう充分だった。
私は、そろそろ寝るね、と腰を上げた。
その時だった。姉が何か閃いた表情を見せて、あひる口を動かした。
「ねえ、聖子」
「なに?」
「姫華、いい解決策が見つかったわ」
「え?」
姫華というのは姉のキャバクラ内での源氏名だ。
姫華こと、麗子は立ち上がった。
そして、女帝のオーラを全身に宿し、大きくいった。
「ユー、逆ハーレム作っちゃいなよ」
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