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走った。  ヌードランに強制参加させられている以上、私に「走る」以外の選択肢はない。  夜の旧校舎に響く私の足音。それを追いかける別の足音。 「おおーい富永、待ってくれよ。ハハハ」  廊下の後方から、男子の声が聞こえてくる。人を小バカにした不快な声だ。  ――捕まるもんか。こう見えて私は中学時代は陸上部で全国大会に出たことが……あ、それは違う。私の妄想だ。本当はブスやら地味キャラやらで構成させれた演劇部だった。おっと、こんな時に何を考えてるんだミーは。  私は腕時計を見た。あと三分だ。あと、三分逃げ切れば、終わる。  ヌードランなんて名前は、彼らがつけたイジメの別名だ。男子五人と女子二人の、計七人に追いかけ回される不条理なゲーム。  彼らに捕まれば、私は()かれる。  制服もスカートも、下着さえも――。  舞台は、新校舎からプールを挟んだ向かいにあるこの旧校舎。本来、旧校舎は出入り禁止で、施錠もされている。だが、悪知恵を働かせた男子生徒が、職員室からこっそり鍵を盗みだし、中に侵入したのだ。おそらく佐久間の仕業だ。  二年四組のクラスメイトからのイジメ。 ターゲットの私は、毎日彼らの奴隷となっていた。  必死に走った。階段を駆けた。息を乱しながらも、「逃げきってやる」と胸の中で叫び続けた。  女子トイレに駆け込んだ。個室に入り、鍵をしめる。旧校舎のトイレは、不気味だ。けど、それよりも彼らに捕まる恐怖心のほうがはるかに大きかった。  いくつかの足音が通っていく。 「富永のやつどこ行きやがった?」 「おいおい、もう時間ないぞ」  声が小さくなっていく。やがて完全に消えた。静けさが甦った。  私はしゃがみこみ、ホッと安堵の息を吐いた。スマートフォンを握りしめ、早く終わりますように、早く終わりますように、 早く終わりますように……無限に祈った。  ――きっと大丈夫だ。だって昨日、電車の中で空き缶拾ったもん。車内を縦横無尽に揺れながら、乗客の心に「こっちくんじゃねーボケ」を願わせるあの空き缶を拾って、駅のホームにちゃんと捨てたんだもん。あれだけの徳を積んだ私は大丈夫だ。 私は黒ぶち眼鏡を人差し指で上げた。 このまま、ここにいてもいいかな、と思った。ここにいれば安全だ。彼らが帰った後にこっそり帰……  その時、突然ドアが爆発した。いや、爆発したかのような音が弾けたのだ。ドアを激しく蹴っている。
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