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『P.S. I don't.』
その日、かつて親友だった人から手紙が届いた。
頭に浮かぶ彼女はスタイルが良くて、顔立ちは完璧なまでに整い、そして他の誰より賢かった。昏い思い出に一瞬顔をしかめるけれど、あの頃よく見た纏わりつくような字はどこか懐かしい。差出人の住所は書かれていなかった。澪のことだから、消印もきっとどこか遠いところのものだろう。
綾ちゃんへ
久しぶり。澪です。元気にしてますか。こっちの住所も書かずにごめんね。綾ちゃんに伝えないといけないことがあって、こうして手紙を書きました。
結婚したって聞きました。本当におめでとう。綾ちゃんが好きな人と添い遂げられてよかった。
綾ちゃんの一人目の彼は私たちの同級生だったね。なんでこんな人と、って思うようなぱっとしない子だったけど、綾ちゃんの言ったように包容力だけはあったかも。
本当は私、ずっと彼に相談されていたんだ。綾ちゃんのことが好きだ、どうしたら付き合えるだろうかって。両思いだったことは分かっていたから、彼の背中を押したんだよ、知らなかったでしょう。
2人が付き合っている間、綾ちゃんが幸せそうなのだけが救いだった。どう見たって釣り合わないよ、私ならあんな人選ばない。だけど綾ちゃんが楽しそうに彼とのこと話してくれるから、それでいいかって思っていたんだ。
相談は2人が恋人になった後も続いていたの。私たちは時々2人で会った。これは綾ちゃんも知っていたね。その度に彼は、綾ちゃんがどうしたら喜んでくれるか訊いてきた。私は真剣に答えたよ。なんて優柔不断なやつだろう、綾ちゃんはどうしてこんな人と付き合ってるんだろうって思ったけど、真剣に答えた。
彼の質問はだんだん、綾ちゃんがどうしたら悲しまずに済むかっていう話になった。私は答えを知ってた。私と彼が2人で会うのをやめればいい。でもどうしても、彼に教えられなかった。
その理由を、恋だと思っていたんだ、そのときは。
綾ちゃんの恋人を、好きになっちゃったって。
結局私が彼を横取りする形になった。誰が見ても私が悪いのに、綾ちゃんだけが私を責めなかった。
二人目は綾ちゃんの部活の先輩だったね。綾ちゃんが恥ずかしそうにこの人だよって言ってくれた時、素敵な人だなと思ったよ。綾ちゃんにふさわしいかどうかはわからないけど、ね。
覚えているかな。私と綾ちゃんがいつも隣にいるものだから、何回か一緒に顔を合わせたでしょう。それからは、私一人の時に先輩とすれ違っても、挨拶するようになったんだ。
私の先輩から彼の連絡先を聞いて、2人で綾ちゃんの誕生会を企画したの。2人でお店を探して下見に行った。もちろん後日、綾ちゃんと3人で行くためにね。1軒目が期待はずれに雰囲気が悪くって、2軒目を探したの。その頃にはふたりとも、最初の目的を忘れていた。
彼は、もしかすると私のこと好きだったかもしれない。少なくとも綾ちゃんよりは愛されてしまって、結局前の二の舞になって。でも私はもう、恋じゃないって気づいていた。その時の私には、好きなんて気持ちわかんなかった。その人じゃなくて、綾ちゃんの恋人が欲しいだけだった。
ふわふわの巻き髪、控えめなえくぼ、くしゃっとなる笑顔。決して奢らないところも、守ってあげたくなるところも、ぜんぶ私の憧れだったんだよ。私は綾ちゃんみたいになりたかったけど、綾ちゃんを守る人にもなりたかった。
本当のことを言うとね、綾ちゃんのこと、取られたくなかったんだ。
そんなことが続いたから綾ちゃんは、もう暫く恋人は要らないって言ってたね。澪は悪くない、色んな巡り合わせが悪かっただけだよって泣き腫らした目で私を慰めて、この子はなんて馬鹿なんだろうって、私は思ってた。馬鹿で馬鹿で、優しすぎるんだよ。
三人目は学校も違う人だったね。合コンで会ったなんて言うから綾ちゃん自棄になっちゃったのかと心配したんだよ。本当はただの友達の紹介だったんだね。
私はその人のこと知りようもなかったから、綾ちゃんがちゃんと幸せなのか不安で仕方なかったの。それが少し行き過ぎちゃったのは分かっているんだ。綾ちゃんや友達から彼の大学も名前も聞き出して、私の友達を通じて会いに行った。
綾ちゃんの話はしなかった。ただの友達として知り合った。彼の待ち受けにふと見た綾ちゃんがあんまり優しく笑うから。
憎くて憎くて、また、欲しくなった。
彼が私に好きだって言った時、悲しくなった。綾ちゃんはどうしてこんな人を好きになるんだろう、って。
綾ちゃんと別れたあと少しだけ付き合ったけど、私たちも別れてしまった。当たり前だよね。私はその人のこと、見てなかったんだから。
いつまで経っても綾ちゃんにはなれなかった。
綾ちゃんのものを私のものにしても無理だった。
綾ちゃんも、私のものにはならなかった。
そして四人目、綾ちゃんは私の知らないところで素敵な人を見つけたんだね。人づてに聞いたの。おめでとうだけ言わせてね。私たちの関係はもう、戻らないかもしれないけれど。
もう、迎えに行かせないで。
追伸
綾ちゃんのこと、ほんとに大好きでした。
そして同じくらい、ずっとずっと大嫌いでした。
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