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「ただいま」
「おかえりなさい」
夜、仕事から帰った主人を出迎えるや否や私は昼間あった出来事を話した。
「もぉ、ビックリするじゃない!あんな家なら教えておいてよね。私腰抜かしちゃった!」
私の話を聞くと主人は笑った。
「あぁ、そうだったね。忘れていたよ。もう何度も料理を届けに行ってるから俺は見慣れちゃった」
「えー、あんなの見慣れないわよ!」
「いや、見慣れるとあれはあれでなかなかのアートなのさ」
私が頬を膨らませると主人は笑いながら料理の支度をしようと言った。キッチンを開け渡そうとすると、まずは包丁を研いでからね、と言い砥石を取り出す。
「あら、何だか本格的ね。いいお魚でも入ったの?それともステーキ?」
わくわくして尋ねると主人はニッコリ笑って、秘密、と言った。
「じゃあおつまみとお酒の準備をするわね」
「あぁ、頼むよ」
そうしてキッチンに戻った私は昼間の話を続けた。後ろからは居間で包丁を研ぐ、シャリッシャリッという音が聞こえてくる。
「でもさ、私怖い想像しちゃった」
「ん?どんなだい?」
私は自分の妄想を主人に伝えた。
「あの人形の首、ホントは本物の奥さんの首なんじゃないかって!それであの生きてる奥さんの方が偽物なの!五年前の奥さんの人形と実物の奥さん、全く同じだったわ。五年前に二十五歳ってことは今三十歳でしょ?とても三十路には見えなかったもん!」
「面白いこと考えるねぇ!でもまぁかなりのお金持ちみたいだからエステとか通ってるんじゃないの?それにあのご主人は美容整形の世界では有名な凄腕だったらしいぞ。そりゃ美容には詳しいだろう」
美容整形の先生だったのか……。
「あら、美容整形の!なら納得ね。きっとお金もかけているだろうし、同年代の私からしたらうらやましい限りだわ!」
私がそう言うと主人は笑った。
「キミだって五年前と変わらずキレイだよ」
思いもよらない誉め言葉に私は何となく恥ずかしくなり後ろを向いたままありがとうと言い、全て笑い話にしてしまおうとこう続けた。
「あの水槽のお人形、いっそお友達でも作っていれてあげればいいのにね」
すると主人は少しの沈黙の後、
「それはいいアイデアだ」
と言って笑った。
その日のメイン料理は魚だった。二人で美味しい魚料理に舌鼓を打ち、少し高級なワインをあける。二杯目のワインに口をつけたあたりで、私は突然強烈な眠気に襲われた。ダメだ、起きなくちゃ、そう思っても体が言うことをきかない。いつしかテーブルの上に突っ伏していた。
(飲み過ぎた……かな?あの人も起こしてくれればいいのに……洗い物でもしてくれているのかしら。ん、あら……?)
首元にひんやりとした何かを感じた。金属質の冷たい物が首に触れている。
(なにかしら……)
心のどこかで警報が鳴っているような奇妙な感じがした。でもどうしても体が動かない。
そんな中、なぜか私は子供の頃に母から聞いた怖い童話を思い出していた。
あれはたしか、美しいお妃さまが醜くなるのに耐えられず、王様が料理人に相談するんだったわ。料理人は何て答えたんだっけ……。
そうして私は深い闇に落ちていった。
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