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結局、戒めだの誓いだのと言って俺は俺の中に壁を張り巡らせ、そこへ逃げ込んでいただけだ。
それをあっさり早瀬が乗り越えて来て、それはあの日海で作った砂の城みたいに崩れて無くなった。
過去の失恋は、もうただの思い出だ。
そんな風に思える日が来るなんて、思ってもいなかった。
「ヒーナちゃーん、こっちー」
春木先輩の、のんきな声が俺を呼ぶ。
食堂で待つ友人達はまた他愛のない会話で盛り上がっている。
「よう」
先に来ていた早瀬が当たり前の様に隣の席のイスを引く。
「うん」
早瀬は最初からずっと真っ直ぐに俺を好きでいてくれた。最初は友情で、愛情に変わっても自分に嘘をつくことなく。
俺がそれに気付きながら、目を背けていただけだ。
「お前らさぁ、先週二日も休んで二人だけでなに楽しいことしてたんだよ」
席に着くなり大倉が吠える。
「そうだよ、なにしてたのー。ずるーい」
「一緒に居たとは言ってねえだろ」
早瀬がポーカーフェイスでうそぶく。
「ほんとか?ヒナ」
「え?あ、うっ、うん」
早瀬みたいには平然とできず、少しどもってしまうのが情けない。
「絶対ウソだよねー」
怪しいものを見る目つきで春木先輩が首を傾ける。
「ぜっっったい、ウソだな」
「お前らには関係ないだろ」
なんでもないように早瀬が援護してくれるが、
「はやせ、やらしいぃー」
春木先輩にそう的外れでもない言い掛りを付けられる。
思わず顔が熱くなった気がしたが、うどんを啜ってやり過ごす。
「なんか、ヒナ顔赤くなってね?」
ぐふっ、とうどんが喉に詰まった。
「絶対なんかあったんだ。白状しなよー」
早瀬がむせ返っている俺の背を軽く叩きながら、
「しつこいよお前ら」
とあからさまに嫌そうな声で言う。
「そうだ、また旅行いこうよ!そこでたっぷりねっちり話、聞いてあげる」
「聞いて欲しくねえし、お前らと旅行はもうごめんだ」
早瀬がうんざりした声を上げる。
俺も同意だ。顔を見合わせてクスっと笑う。
食堂から見える窓の外は、冬枯れの木立に柔らかく暖かな日差しが注がれている。
そうだ、またあの海に行きたい。
もちろん早瀬と。
もう泊まりは勘弁だけどアルコール禁止なら、このうるさい友人達が一緒でも楽しそうだな──窓の外を見ながら、そう考えた。
ー Fin ー
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