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早瀬は俺の事を『好き』だと言う。
誰と居ても、どこに居ても。
気が合うから。一緒にいて心地良いから。一番好きだと臆面もなく。友達として当たり前の感情だから。
俺は早瀬の事が『好き』だ。
だから、誰にも言えない。外に気持ちが溢れ出さないように閉じ込めてある。どこまでが友情かなんて、どうやって判別する?当然本人になんか言えるわけがない。
同じ響きの『好き』は決して交わらない。
もう、絶対、口に出して言うことはない。
心の中でそう誓う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大学に入学した今年の五月。
高校時代からの友人、大倉俊司に鍋をやろうと誘われた。
なんで五月に鍋なんだよと大倉に聞くと「食いたいからだ」と断言されたので、なら仕方ないなと思い材料を買って行くことにした。
大倉とは高校一年で同じクラスになってからクラスが変わってもずっと友人だった。
俺は部活に入ってなかったが、奴は野球部の部長をしていて、みんなからも慕われていた。かなり信頼できるいい奴だ。
酒が入ると、どこかぶっ壊れたみたいに飲むのは大学生になってから初めて知ったが、逆にただ真面目なだけじゃない証明のようで、俺は嫌いじゃなかった。
俺達は示し合わせた訳ではないが、偶々同じ大学に進学した。
大倉は大学のすぐ近くのアパートで一人暮らしをしている。家族が転勤で引っ越す事になったので一人で残ったそうだ。
俺は実家から通っている。
夕方、大倉の家に着くと大倉の他に見知らぬ顔が二人居た。
その内の一人が早瀬だった。
「ヒナは会った事ないよな。同期生の早瀬と二年の春木先輩」
大倉は俺の事をヒナと呼ぶ。俺のあだ名だ。
「春木拓衣でーす」
紹介された春木先輩は質問のある子供の様に片手を挙げ、にっこり笑った。
あまり先輩らしさは感じられない。むしろ無防備な笑顔のせいで俺より年下に見えた。茶色い髪が柔らかくウェーブしていて女性的と言える顔立ちだ。
「早瀬は部屋が隣同士なんだぜ」
そう大倉が説明してくれる。
「え?そうなの?すごい偶然だね」
早瀬の第一印象はクールでちょっと近寄り難い雰囲気かなと思った。
「早瀬秋広です。学部違うけどよろしく」
でもそう言った時、思いのほかひとなつっこい顔で笑ったので一瞬ドキッとして目を奪われた。
一重で切れ長の大きな目のせいで冷淡そうな印象が強調されているが、性格はそうではないんだと、すぐに分かる笑顔だった。
「朝比奈蓮です」
「なんか良い名前」
俺が自己紹介すると早瀬が何気なくという風に言う。
「ね。かわいいねー。だから大倉がヒナちゃんって呼んでたのかー」
春木先輩がそれに反応する。
「俺はちゃん付けじゃないっすよ。ところで早瀬、春木先輩とは何繋がりなわけ?」
何故か家主の大倉も詳しいことは知らないみたいだった。
「一応同好会繋がり?かな。うちに遊びに来てて、帰れって言ったんだけど着いて来ちゃったんだよ」
「だって鍋パーティー楽しそうだったんだもーん」
早瀬がまるで邪魔者のように言うも春木先輩はまるで気にしてないようだ。
春木先輩のキャラクターのせいか早瀬は全く先輩扱いしていないみたいだった。
大倉が俺の方を見る。
「人数多い方がいいかと思って早瀬にも声掛けてみたら春木先輩がいたの。俺もさっき初めて会ったんだよ」
その時、春木先輩が唐突に嬉しそうな声を上げる。
「そうだ!あのね、二人共ぶらり旅同好会入ろ?」
俺は唖然として間の抜けた顔で春木先輩を見た。
余りに話が飛んだもので同好会に勧誘されているんだ、と理解するのに少し時間がかかった。
「いきなりそれは迷惑だろ。そもそも同好会って春木先輩が言ってるだけで俺しかいないし、帰りにちょっと遊ぶだけじゃん」
早瀬が顔をしかめて春木先輩を見た後、俺たちに向って済まなそうに伝える。
「いいから、もう始めて。この人の言うこと真に受けてたら全然進まないから」
俺たちはほんの数分話しただけだが、その言葉は説得力があったので、取りあえず支度を始めることにする。話なら後からいくらでもできる事だし。
その様子にやっぱり春木先輩は気にした様子もなく、
「飛び入り参加だから何か調達してくるね」
と早瀬を連れて買い物に出て行った。
「春木先輩って何ていうか……個性的だよね」
「かなり、個性的だよな」
残った俺と大倉は鍋の用意をしながら嵐に翻弄された後のような気持になっていた。
「でも、早瀬は俺もまだ付き合い浅いけどいい奴だと思う。面倒見いいし、頼りになるよ」
大倉が頼りにするくらいなら確かなんだろう。
春木先輩とのやりとりを見ていても頷ける。アクの強い先輩相手に堂に入ったあしらい方は同じ新入生とは思えなかった。
「はーい、決定!新たに二人、仲間が増えました。これで四人だねー。それっぽくなってきたなぁ。嬉しい、俺嬉しいよ!」
「よろしくうっお願いしまぁーす!」
陽気な春木先輩の声に呼応する頭の悪そうな返事は大倉だ。
鍋開始から二時間程が経ち、何故か俺はぶらり旅同好会員に認定されていた。
春木先輩が買ってきた物はアルコール類ばかりだった。それもかなり大量の。
その時点で嫌な予感はしたが、先輩と大倉の二人はうわばみの如く、それ水?という勢いで飲み始め、あっという間に立派な酔っ払いが出来上がった。
俺と早瀬はそれを見て、同志に近い思いを抱いて顔を見合わせた。
「俺さぁ、酒弱いんだよね。あんなに飲めるわけねえ」
早瀬が呆れた声を出す。
「俺も。多分もっと弱いよ、家族みんな飲めないし。絶対あんなに飲める気がしない」
「さっき買い物行った時、あの人酒ばっか入れるから、どんどん戻してやったんだけど、戻したそばから倍入れるから諦めた」
ぼやくように早瀬が言うので、その様子が目に浮かんだ俺は笑った。
早瀬も口の端を上げる。
「な、マジで同好会入ってよ。ってか、同好会ってあの人の口実で、単に遊んで欲しいだけだと思うんだけど、俺一人じゃ酒の相手も付き合い切れないしさ」
言葉を切った早瀬が大倉に目線をやる。
「あいつさ、春木先輩に充分ついていけてるじゃん。だからあいつと、朝比奈がいてくれたら俺も退屈しないで助かるんだけど。朝比奈とは何か気が合いそうだし」
気が付くと早瀬は俺の事を探るようにじっと見ていた。
見られているからつい見てしまって、鼻筋が通ってるから一般的にも格好良いんだろうなとか、睫毛が長いなとか、切れ長だと思ったら意外と目じりは垂れていて、そんなに視線は鋭くないなとか、色んなところに気付いてしまう。
嫌だ。
そんな風に見てしまったら。
そんな目で見られてしまったら。
要するに今、早瀬は遊び仲間になろうと誘っている。言葉の通りだ。
それなのに。
好きになってしまう悪い予感がする。
口に出すことは叶わないのに。
誰も好きになんてなりたくないのに。
だから、断りたいのに。
純粋に誘う早瀬の柔らかな表情に。それなのに逸らせない眼の引力が強すぎて。
俺は意識と裏腹に頷いてしまう。
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