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 鍋の日から二か月ほど経った七月初め。  ぶらり旅同好会はともかく、俺たち四人は良くつるむようになった。  昼時に学食に行けば大体誰かは居て、その日も四人で食事をしていた。 「ヒナちゃん、この間の合コン、女の子ウケ超良かったよー。二次会、帰っちゃってもったいなーい。また行こうねぇ」  脈絡もなく話し出すのは春木先輩の癖だ。 「何それ聞いてねえ」  合コンと聞いて大倉が食いついてくる。 「この前のメンツならもう行きませんから。次は大倉誘ってやって」 「俺も知らねえ。いつ行ったの?」  早瀬まで話を聞きたそうだ。  確かあの時は、その場に俺しか居なくて一人欠けた人数合わせに丁度良いと、春木先輩に無理矢理連れて行かれたんだった。 「えーと、先週の金曜だっけ?ヒナちゃん超かわいかったんだよー」  出来ればその時の話は触れて欲しくなかった。散々からかわれて酷い目にあっただけだったから。   俺はクセが強くてうねる髪質で短いほど収拾がつかなくなる。だから思い切って肩あたりまで伸ばしている。そのせいだと思うが酔った女の子の一人が「結わったら似合いそうー」などと言い出した。  それを聞いた春木先輩が、女の子から借りたヘアゴムで妙に手際よく、俺の頭をポニーテールやツインテール、三つ編みにして喜んでいたのだ。  周りからはやたら、かわいいかわいいと罵声にしか聞こえない声が聞こえてきた。  俺は昔からよくこの手の冷やかしをくらう。実は人の事を言えないほど俺も女顔で、母親にそっくりだとよく言われる。しかも男としては身長も低い。百七十センチに少し届かない。それで、女子に時には男子にも、こんな風に遊ばれる。いわゆるいじられキャラだ。 「これ写メ。よく撮れてるよー」  春木先輩が耳を疑うような事を言い出した。 「いつ撮ったの!?ていうか、見せるなよ!」  春木先輩の手からスマホを奪い取ろうとするも、既に大倉も早瀬もマジマジと画像に見入っていた。 「なんか、フツーに見れるんだけど」  大倉が複雑そうな顔で言った。 「フツーっつうか、かなりかわいくね?俺こっちの子より好みだけど。朝比奈の方が」  早瀬はなんだかしれっと失礼な事を言っている。  ……それに俺が勘違いしそうな言い方も。 「学校でもしてよ、この頭」  にやにやしながら早瀬が俺の髪を指す。 「するわけないだろ、馬鹿っ」  見なくても自分の顔が赤くなっているのが分かった。頬が風呂に入ったように火照っている。 「なんで、マジで似合うのに」 「ねー」  早瀬と先輩が嫌なところで意気投合している。  もう聞いていられない。  食事も終わっていた俺はトレーを持って立ち上がった。 「お先に」  後ろの方であー逃げた、とかなんとか聞こえてきたが構わず食堂を後にした。 当てもなく早足で歩いて、やけにドキドキしている自分に気付く。  早歩きのせいだと思いたい。  だから、嫌だって言ってるのに。  誰にともなく頭の中でそう思う。  早瀬の言葉が引っかかっている。すごく意識している。  改めて、じぶんを戒める。  好きになりたくない。  でも止められそうにないから、誓いを決して忘れないように。  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  そんな風にして、日ごとに早瀬に惹かれて行く自分に怯えながらも、騙し騙しなんとかやり過ごしていた。  だけど気がつけば名前を呼ばれる時の、ただそれだけの声を聞くだけでも胸が苦しくなっている。どれだけ望んでいなくても、傾いていく気持ちは抑えられない。  常に過剰にも冷淡にもならないよう気をもみながら接している俺の緊張なんかは気付くはずもない早瀬は、より俺とのコミュニケーションを求めてくる。  初めに言っていたように早瀬にとって俺は気が合う相手だったようだ。だから、余計に辛い。  でも俺に真実を教えてくれた二人だって同じだった。告白するまでは。  どんなに惹かれたって、諦めるしかない。  早瀬と会ってからの毎日は楽しいと苦しいが交互にやってくる。それでも諦めたまま、ただ時間が過ぎるのだけをじっと待つ。出来るのはそれだけだ。  五月に出会ってもう九月、五ヶ月が過ぎていた。
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