事はおこりて

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 何か話題はないものか。つい昨日のことを思い返しもみたが、今日の通夜の準備をしていた記憶しかなかった。  もっとも、何か明るい話題があったとしても、この場でそれを言うには気が引ける。橋本だって、敦とは同じ考えの筈だ。 「もし俺に何かできることがあるなら、言ってくれ」  やっぱりお前は親友だよ。彼の気遣いには、智也と通づるものを感じた。  思い返せば智也も、誰かが嫌な雰囲気にしてしまった時は、よく場を和ませていた。それもまた、彼をここまでの人気者にした所以(ゆえん)なのだろう。 「ああ。頼りにしとるわ」  最後は互いにいつも通りの笑みを作り、橋本は去っていった。 「もし何かできることがあるなら……か」  脳裏に藪林の言葉が蘇った。 「母さん、ちょっとトイレ行ってくるわ」  特に便意は感じていなかったが、敦はそれとなく嘘を吐いた。ここを抜けるのは少しの間だけ、長くなっても大きい方だったと言えばいい。そう自分に言い聞かせた。  麗奈は別に気に留めるわけでもなく、ただわかったと一言口にした。  外に出ると、小学生らしき子供達がワラワラとしていた。時間的にも子供は家に帰る時間だ。おそらく彼らは、迎えの車を待っているのだろう。ここまで多く集られると、後々帰宅する者達で駐車場の出口は混雑が予想される。  笛口家は通夜と言うことで、今日は葬儀場に泊まる予定だ。故に敦は、大変だなぁと、他人事のように彼らを見ていた。  藪林の車を探すべく、敦は駐車場を見回し始めた。彼の乗っていた車は薄いグリーンだったか。藪林が乗っていた車は珍しい色だったので、案外すぐに見つけることができた。  運転座席の方へ顔をやると、どうやら向こうも気づいたようだ。親指を後部座席へと指したので、敦は後方のドアを開けた。 「待っていたよ。さ、後ろに乗ってくれ」  言われるがままに後部座席へと乗車した敦。すると藪林は、助手席に両足を置いた。 「最近腰がどうも痛くてね」  それが彼にとって一番落ち着く姿勢らしい。気にせず敦は、自分を呼び出したわけを訊ねた。 「先生。大事な話って何なんですか?」 「そう焦るな。おそらくこれは、ゆっくりと説明しなければ理解されない。だからまずは内容を受け止めてもらう、それが一番だ」  彼はそう言うが、麗奈に用を足すからと外に出てきた矢先、あまり長い時間外にいるのは難しい。  第一明日の告別式の準備もしなければならないため、敦には時間があまり残されていなかった。要件を知れたらすぐに戻ろう、敦はその考えの元でここに来ていたからだ。 「でも先生、俺にも時間ってもんがあるんです。早めに帰らないと母が心配しますし……」  精一杯の説得だった。藪林も何かあってのことだったのだろうが、今は時期が悪い。むしろまた改めて、とまで言いたかったぐらいだ。  これには藪林も納得したようで、首を傾けながら頭を掻いた。「なら仕方ない」 「わかった、要件は手短に話そう。だが今から私が言うこと、それをしっかりと受け止めてほしい」 「わかりました」  どうせ大したことはないだろう。敦は高を(くく)っていた。しかし次の藪林の言葉に、そんな態度も一変した。 「智也くんは美濃小の生徒に殺された」 「はい?」  相手は目上だが、関係ない。これには異議を唱える他なかった。  智也を殺した犯人が、美濃小学校の教師であると言う可能性は低い。それは犯人の捜査状況を説明する中で、コンドウと名乗る刑事が言っていた発言ことだ。
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