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プロローグ 〜少女の追憶〜
時々、自分はこの世界の支配者ではないのかと思う時がある。目を瞑ると世界は一瞬にして暗黒に染まり、消失する。その力は毎日を生きていく上で、いとも簡単に行使出来た。
欲を言うならも世界丸ごと作り直したいところではあったが、あいにくそんな力は微塵もない。なぜなら結局のところ、自分もただのちっぽけな存在だからである。
そして今のような戯言も、単に見えている現状から目を逸らすための口実に過ぎないーー。
学校からの帰り道、船越光莉は日頃の疲れからか、一際大きな溜息を吐いた。
いつもと変わらぬ静けさ漂う町並み、せせらぎが穏やかな三樹の川。時折冬の兆候を見せる風の寒さは、もはや手袋だけでは対処出来ない場所にまで、鋭く冷気を突き刺している。
最近では、半年程前に突如として世界中に現れた、ハヤスギと言う木の話題も全く聞かない。人間とはその日に起こった奇には敏感だが、それが当たり前になってくると、途端に興味が薄れる生き物なのかもしれない。
だとすれば、まだ私に対してのいじめは彼らにとっての奇なのかな。ふと思っている事と共にやって来た映像に、光莉は身勝手な考えを思い浮かべた。
最近、いまいち体調が優れていない。それは学校での度重なるいじめの強烈さに、身体と心が悲鳴を上げていたせいだろう。
事の発端は今年の五月頃、学校の昼食の時間帯である。ふと同じクラスの笛口智也が、給食の白米を見て「光莉の友達だ」と言い始めたのがきっかけだった。
おそらく彼は前の日にしていた、日本人の米離れについてのテレビ番組を観てピンときたのであろう。光莉の名前をフルネームで読むと「フナコシヒカリ」、つまりコシヒカリになると言うことを。そのことを題材にすれば、光莉を弄れることに。
その日から給食で白米が出る度に、智也を中心とした男子グループが共食いなどと、光莉に対して幼稚でつまらない事を口にしだした。
智也がクラスの中心人物だったこともあり、次第に光莉への名前弄りはクラス全体へと広まった。始めこそ笑って誤魔化していたが、日を重ねるごとに自分が病んでいくのを、体調の変化から察した。
このままではいけない。そう思ったある日、未だに光莉の名前を弄り続けていた智也に心内を明かした。
「智也くん、そろそろやめてくれへんかなぁ」
だがこの行為が失敗だったと確信する日は、そう遠くなかった。
次の日光莉が学校に登校すると、机の上に四つ折りにされた紙が置いてある。手に取って中身を確認してみると、そこには小学生ながら恐ろしいものを感じる言葉が書かれていた。
『うざい』
それが光莉へのいじめの始まりだった。
今思い返せば、いじめの理由なんてどうでも良かったのかも知れない。小学五年生の精神は、案外不安定なものである。故に彼らの精神は鋭く尖り、光莉はそのはけ口となったのだ。
机の中に入れられた気持ちの悪い虫の死骸、ゴミ箱のゴミをたらふく詰め込まれたランドセル。まさに陰湿とも言えるこの惨状は、どうやらクラスの女子が企画しているようだった。
あくまでも精神的に追い詰めることだけを目的とした、嫌がらせの数々。これには光莉も、彼女達が本当に同級生なのかと疑ってしまう程だった。
おそらくクラスの女子達は、光莉のような存在が現れることを待ち焦がれていたのであろう。自分達の勉強によって生まれたストレスを、こうして発散できる同性の玩具を。
そしていよいよいじめに耐えかねた光莉は、一昨日スクールカウンセラーに相談を持ちかけた。もういじめで頭がどうにかなっちゃいそうだと、ありのままの現状を必死に伝えた。
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