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次の日、僕は登校してすぐに保健室に行った。
「あら、孝志君。教室行かないの?」
「行きたくないんです」
「どうして?」
「説明しづらいです。とにかく、行きたくないんです」
僕は通学用のリュックサックを空いているパイプ椅子に下ろし、スチールベッドに寝転んだ。家のベッドより寝心地は悪いが、まあ仕方ない。一方の久田先生はというと、事務机に座って何やら独り言をぶつぶつ言いながら作業をしていた。書類を見ながら、真っ赤なノートパソコンに何かを打ち込んでいる。チャイムが鳴るたびに、僕は毎回久田先生に起こされ、そのたびに夢の世界と現実の世界を交互に行き来する。
今日の僕の夢は剣と盾を持った勇者になって囚われた隣国の姫君を救い出すという今時小学生でも見ないような夢だった。
「ほら、三時間目そろそろ終わるよ。教室行くかい? それとも早退するかい?」
久田先生は僕をここから追い出したいのかというくらい執拗に言う。でもまあ、仕方ないのかもしれない。僕は病人でもケガ人でもないのだ。ただ、あの教室特有の。いわゆるスクールカーストが嫌いなのだ。だから僕は保健室に行くしかないのだ。
じゃあ、なんで早退しないのか? となれば簡単だ。僕の母がそれを許してくれないから。その一言に限る。母は教育に関してやたら熱心で、学校の教室に行かない僕のことを苦々しく思っているに違いない。今はまだ保健室登校で大目に見てもらっているが、このままの状態がずっと続けば、きっと僕の母は目を血走らせて顔を真っ赤にして学校に怒鳴り込み、うちの息子を教室へ行けるようにしてくださいと叫びにも近いような声で訴えるだろう。
だから、僕はいずれ変わらないといけない。でも変わるには何かきっかけのようなものが必要だと思う。
ベッドから起き上がり、上履きを履く。
「ねえ、先生」
僕は事務机でノートパソコンを打っている久田先生に声をかける。
「どうしたー?」
「人間って、生きる意味があるのかな?」
久田先生は僕の方を向き直り、口をあんぐり開けた。
「生きる……意味?」
僕はパイプ椅子に立てかけてあったリュックサックを持ち、肩にぶら下げ、保健室の引き戸に向かって歩いた。
「気分が悪いんで早退します。失礼します」
引き戸を閉めるとき、久田先生はまだ口を開けたまま視線を僕の方に向けていた。
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