第四章

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 夢は見なかった。  ジンニーヤーの夢も、涼子が出てくる夢も、そして合唱に関する夢も。待っていたのは真っ暗な闇だった。  夜眠り、朝起きるまでの間、夢らしい出来事は頭からすぽんと抜け落ちていた。立体のパズルのピースがいつまで経っても完成することなく、そこだけぽっかり空洞が出来たかのように、僕の心は空虚だった。  朝、僕は学校に行き、いつものように教室に入った。  なんとなく、僕の中には疎外感があった。保健室登校をしていた時と同じだ。僕だけが仲間外れにされているような感覚だった。牛場先生がやってきて、いつものように一日が始まる。そう思っていた。 「起立、礼、着席」  学級委員の合図で同じ動作をし、着席で椅子に座る。  牛場先生は言った。 「みんな、夏休みはどうだった? いろいろな思い出を作った人もいるだろうし、宿題をため込みすぎて最終日二日前になって慌ててやる奴も中にはいるだろう」  いつもの調子で先生の話が始まる。しかし、どこか先生の様子が変だった。苦いジュースを無理やり飲まされたあとのような複雑な表情を浮かべ、生徒たちを見つめている。 「実はな、良いニュースもあるんだが、悪いニュースもある。とても悪いニュースだ」  教室の空気が急に張り詰めたように静かになり、僕は生唾を飲み込んだ。 「今日、市原が来ていないんだが、それには理由がある」  牛場先生は苦渋の選択を強いられる人のように苦悶の表情を一瞬浮かべてから言った。 「市原のお父さんが亡くなった。仕事中に事件に巻き込まれたんだ」  教室がこれ以上ないぐらい静寂に包まれ、全員が牛場先生の顔を見た。 「本当ですか?」  そう聞いたのは本条君だった。 「ああ、本当だ」  牛場先生はまた沈痛な顔をして言った。  市原君のお父さんは警察官で、近所の交番に勤務するいわば「街のおまわりさん」だった。警察官という仕事上、何らかの事件に巻き込まれてケガをすることもあれば、最悪命を落とすようなことはあり得る話だった。しかし、交番勤務の警察官が事件に巻き込まれて亡くなったというのは少し衝撃を受けた。 「詳しいことは今日のニュースでも流れるだろう。市原はしばらく休むことになる。わかっていると思うが、みんなは市原のことは気にかけるようなことはしても、事件のことは絶対聞くなよ」  牛場先生は最後の方で語気を強めて言った。 「いいな、約束だぞ」  教室中の生徒が無言で頷いた。
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