田舎娘と銃撃戦

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田舎娘と銃撃戦

 シトリンはひたすら走っていた。  手作りのワンピースにエプロンをなびかせ、使い古した革鞄を抱えて、すっかりと人気のなくなった列車の通路を走っていた。 「逃げるな! 貴様、やはり『(あかつき)明星団(みょうじょうだん)』の仲間か!?」 「違います……! ひゃっ!」  銃弾が彼女の揺れる三つ編みを掠め、じゅっと焦げ臭いにおいが飛んだのに、彼女はぞっとした。  どうしてこんなことになったんだろう。  自分はただ、都会に行こうとしただけ。村の皆のために錬金術師を連れ帰ろうとしただけ。それなのに。  どうして近衛兵とテロリストの銃撃戦に巻き込まれてしまったんだ。  シトリンは田舎娘であり、村と畑と学校以外の世界をまるで知らない。この汽車のチケットを買うのだって、村長たちに頼んでやっと手に入れることができたのだ。都会の人間であったら、危ないのだから次の機会を待てばいいと言えるだろうが、シトリンに次がいつ来るのかはわからなかった。  危なくても、怖くても、行くしかなかった。  鞄を盾にして、必死で列車の連結部に辿り着く。シトリンは連結部のハンドルを回す。  ガタン、という音を立てて連結が取れた。そのまま近衛兵が向こうの列車に取り残されたのを見て、シトリンはほっと息を吐いた。 「お嬢さん、どうしてこっちに来た? 近衛兵は威嚇しても、一般人を殺すような真似はしないだろ」  そう声をかけてきた男性の声に、シトリンは肩を跳ねさせた。  銀色の短い髪に、アメジストの切れ長な目。黒いスーツはいかにも帝国紳士の出で立ちだが、そのスーツには銃を忍ばせているのは、先程の近衛兵とのやり取りで見ていた。  シトリンは連結が切れて取り残された列車を見ながら、首を振る。 「……あの、テロリストって、近衛兵の人たちは言ってましたけど……」 「名目上は。そう言っとかないと近衛兵やら帝国諜報機関やらを動かせないからなあ」 「……で、でも。あの、あなたは悪い人とは思えなかったんで」  シトリンはそうおずおずと言いながら、彼を見上げた。  ただ列車で指定席もわからず、途方に暮れていた彼女の世話をあれこれと見てくれた、ちょうど向かいの席に座っていただけの男性である。  彼女の故郷のアンバーは、皆が皆、友人知人だったし、農村地帯にわざわざやって来るのは都会の商人くらいで、観光名所にもならないような場所だった。商人がどうにか故郷の作物を安く買い叩こうとするので、値段交渉を必死で行っているのは何度も見ていたシトリンにとって、欲の深い人間や、人を騙そうとする人間はなんとなくわかるのだが、今しゃべっている他称テロリストの彼は、いささかお人よしに思えたのだった。  男性は溜息をついた。 「体張ってまで都会に行きたいなんて。故郷大好きだなあ、わざわざ錬金術師を連れ帰りたいなんて」 「……はい」 「でも、まあ。うちのリーダーにどう言ったもんかねえ、列車を乗っ取るのはともかく、一般人巻き込む気はなかったんだけどなあ……」  そう彼が首をかいている中。  ブロロロロロロロ……と音がすることに気が付き、顔を上げた。それに男性は「げっ」と声を上げる。  飛んできたのは、大きなプロペラの付いた飛行機であった。白い煙が出ているということは、なにかしら蒸気機関で動いているのだろう。そこから身を乗り出しているのは、黒いコートをなびかせた男性であった。  その男性の胸についている紋章を見て、シトリンは絶句する。帝国の紋章が付いているということは、帝国機関の人間だということだ。 「暁の明星団。大人しくリーダーを引き渡せ」 「はんっ! この列車を帝都に送る訳にはいかないだろう!?」  それは困るんですけど。  シトリンはそう口に出そうになるのを必死で留める。  プロペラの音は大きく、操縦士の大胆な動きと共に、列車の連結部へと突っ込んでくる。  男性はシトリンをそのまんま足で車内へと突っ込んだ。シトリンはつんのめって滑って車内へと入っていく。  そのまま銃撃戦がはじまったが、片や飛行機に乗っている人間、片や丸裸な列車の連結部にいる人間。勝負なんてわかりそうなものだ。  シトリンはうろたえる。  本当だったら、どうしてテロリストと一緒にいないといけないのか。帝国機関に追いかけ回されている人のことなんて放っておいて、ただ帝都に向かうことだけ考えればいいのだ。列車の先頭部分に向かい、運転手にこのまま帝都に向かって欲しいと言えばいいだけの話だが。シトリンは銃撃戦を見て考え込んでしまった。  アンバーに錬金術師を連れて帰ってくる際に、皆を助けに戻ったと本当に胸を張って言えるだろうか。困っている田舎者の自分を助けてくれた人を見殺しにして。  世間一般的ないい人かは悪い人かはともかく、シトリンにとってこの人はいい人だった。  彼女は革の鞄の中から、お弁当箱を取り出した。着の身着のまま、あとは錬金術師を頼む依頼料くらいしか持ってきてないシトリンにとって、これは唯一の私物であった。 「……おばあちゃん、ごめんなさい」  ほとんどが村の皆からのお古が回されてくる彼女の中で、数少ない新品の品を、飛行機に向かってぶん投げた。  それはプロペラの間に挟まり、けたたましかった羽根の音が鈍くなる。 「おい、飛行機が……!」  黒コートの男性が操縦士に文句を言っている間に、列車と飛行機に距離ができる。  このまま、飛行機が落ちるなりしてくれれば、助かる。そう思っていたが。  黒コートが銃を向けた。拳銃ではない。猟銃だ。それを男性に向けているのに、シトリンは気付いた。 「だ、駄目……!」  思わず車内から飛び出すと、そのまま男性をかばっていたのだ。辺りがスローモーションに見える。  自分はただ、アンバーのために、錬金術師を連れて帰りたかっただけなのに。シトリンの世界は、暗転した。 **** 「馬鹿……! 連結切って列車に飛び乗ったり、俺のことかばったり、いったいどれだけ馬鹿なんだ……!」  カルサイトは苛立ちながら、エプロンドレスの少女を抱えた。帝国諜報機関のプロペラ飛行機は落ち、そのまま諜報員たちは脱出したのだから、『暁の明星団』の列車強奪は、列車テロとして大々的に帝国内で報じられることだろう。冗談じゃない。  少女の口元に、カルサイトは耳を当てる。まだかろうじて息はあるが、それは虫の息だ。  彼女を抱えたまま、車内へと引き換えした。  先頭車両。  運転手は目隠しされ、口を縛られて転がっている中、運転していた少年と、近くに立っていた青年はぎょっとして血の匂いのする少女を見た。 「ラリマー! この子が戦闘中にやられた!」 「……一般人は、列車の連結を切った際に置いてきましたが……」 「この子、どうしても帝都に着きたかったんだと。向かいに座ってるときにペラペラ言ってたよ。村にどうしても錬金術師を連れて行きたいって。あんた、この子を治せるか? まだ息はあるんだが……」 「……胸を撃たれたにしては、出血の量が少ないですね。そこに彼女を寝かせてください」  カルサイトが黙って彼女を通路に横たえると、ラリマーと呼ばれた青年は黙って彼女の首筋に触れて脈を診、呼吸を確認してから、ワンピースの胸元を寛げた。思わずカルサイトは目を逸らしたが、「これは……」とラリマーが唸り声を上げたので、思わず彼女のほうを見てしまい、絶句した。  たしかに自分をかばって撃たれた少女。本来だったら胸元には銃弾が貫通し、生々しい傷跡と血が出ていただろうが、彼女の胸にはそれがなかったのだ。  代わりに、彼女を銃弾から守ったのは、柔らかな黄色い石。その石が皮膚を突き破って胸を覆い、銃弾から彼女の心臓を守っていたのである。  彼女の胸から出たのは、皮膚を突き破った石から出た血であり、銃弾のものではなかったのだが、その皮膚から出ていた血も何故か塞がっている。
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