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とりあえず流水で傷を冷やした俺は、血がにじんでいたので保健室へと出向いた。
扉を開けて、声をかける。
「先生、絆創膏もらいたいんですけど」
しかしそこに、保健室の先生はいなかった。
代わりに入り口付近のパイプ椅子に座っていた人物に、俺は目を丸めた。
「な、中曽根!」
「あれ? 戸田じゃん」
まさか戸田がいるとは思わなかったので、驚いた。彼女はどうやら体温計を脇にさしているようで、ぎゅっと体を小さくするように座っている。
「お前、具合悪かったのか? 大丈夫か?」
今日は、そんなふうに見えなかったんだけどな。
「だ、大丈夫……」
戸田は少しうつむいて、視線をそらす。
その時、保健室の奥のほうから音がした。ベッドのカーテンが開いたのだ。
「どうしたの?」
現れたのは保健室の主──篠田先生だった。今年赴任したばかりで俺たちと同じ一年目の彼女は、若くて美人と評判だ。
「あ、先生。実はちょっと、ケガしちゃって」
俺は擦りむいた右腕を見せた。
「あらあら。どうしたの、それ」
「休み時間、サッカーしてたら転んじゃって」
「ちゃんと泥は水で流した?」
「うん、すごくしみた」
そう答えたら、かたわらにいた戸田が小さく笑った。そして「サッカーバカだなぁ」なんて言う。
からかわれたのに何だか嬉しくて、でもそれを隠すように唇をとがらせた。
「何だよ戸田、怪我人には優しくしろよな」
「ほめたんだよ。サッカー大好きだねって」
「そんなニュアンスだったかぁ?」
そこでまた、戸田は笑った。
こんなふうにまた、彼女と話せて嬉しく思う。くだらない会話だって戸田となら楽しい。それがどうしてなのか、今の俺には理解できる。
そういえば、これってもしかして良いチャンスかも。俺はさっき大谷たちと話をした、夏祭りのことを思い出した。
「あのさ、戸田。姫泣祭行く?」
「え?」
「良かったら、一緒に行かないか?」
「えぇ!」
「大谷たちと、同小メンバーで行こうって話出ててさ。羽鳥と望月とか、みんなで」
「あ……ああ、みんなでね」
戸田は小さく頬をかいて、そして嬉しそうに首をたてに振ってくれた。
「うん、行きたい。梢ちゃんたちもたぶん、大丈夫だと思う」
「よかった。あと、もし他にも誘いたいやついたら誘ってって、大谷が」
「わかった」
またうなずくと、戸田はにっこりと笑ってくれた。それを直視するのは何だか気恥ずかしくて、視線をさまよわせてしまう。
するとタイミング良く、戸田の体温計が鳴ってくれたのでホッとした。
「熱はないみたいです」
戸田はそう言って、篠田先生に体温計を渡した。先生はノートにその数値を書き込むと、さっきまでベッドメイキングしていた奥のベッドへ顔を向けた。
「奥のベッドを用意したから、そこで横になってて。あ、中曽根くんは絆創膏だったわね。貼るからこっちに来なさい」
「あ、大丈夫です。自分で貼るんで」
先生の申し出を断って、大きな絆創膏一枚だけを受け取り保健室をあとにしようとする。
戸田が立ち上がってベッドへ向かおうとしていたので、声をかけた。
「じゃあな。ゆっくり休めよ」
「うん、ありがとう」
俺は絆創膏を手の代わりにゆらゆら揺らして、保健室から出て行った。
──よし、夏祭りに誘えたぞ!
心と足取りはあの日の理科室のときみたいに軽くなって、俺の気持ちを高揚させていたのだった。
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