夏の章「好きと伝える」 ① 悠Side

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 とりあえず流水で傷を冷やした俺は、血がにじんでいたので保健室へと出向いた。  扉を開けて、声をかける。 「先生、絆創膏もらいたいんですけど」  しかしそこに、保健室の先生はいなかった。  代わりに入り口付近のパイプ椅子に座っていた人物に、俺は目を丸めた。 「な、中曽根!」 「あれ? 戸田じゃん」  まさか戸田がいるとは思わなかったので、驚いた。彼女はどうやら体温計を脇にさしているようで、ぎゅっと体を小さくするように座っている。 「お前、具合悪かったのか? 大丈夫か?」  今日は、そんなふうに見えなかったんだけどな。 「だ、大丈夫……」  戸田は少しうつむいて、視線をそらす。  その時、保健室の奥のほうから音がした。ベッドのカーテンが開いたのだ。 「どうしたの?」  現れたのは保健室の主──篠田(しのだ)先生だった。今年赴任したばかりで俺たちと同じ一年目の彼女は、若くて美人と評判だ。 「あ、先生。実はちょっと、ケガしちゃって」  俺は擦りむいた右腕を見せた。 「あらあら。どうしたの、それ」 「休み時間、サッカーしてたら転んじゃって」 「ちゃんと泥は水で流した?」 「うん、すごくしみた」  そう答えたら、かたわらにいた戸田が小さく笑った。そして「サッカーバカだなぁ」なんて言う。  からかわれたのに何だか嬉しくて、でもそれを隠すように唇をとがらせた。 「何だよ戸田、怪我人には優しくしろよな」 「ほめたんだよ。サッカー大好きだねって」 「そんなニュアンスだったかぁ?」  そこでまた、戸田は笑った。  こんなふうにまた、彼女と話せて嬉しく思う。くだらない会話だって戸田となら楽しい。それがどうしてなのか、今の俺には理解できる。  そういえば、これってもしかして良いチャンスかも。俺はさっき大谷たちと話をした、夏祭りのことを思い出した。 「あのさ、戸田。姫泣祭行く?」 「え?」 「良かったら、一緒に行かないか?」 「えぇ!」 「大谷たちと、同小メンバーで行こうって話出ててさ。羽鳥と望月とか、みんなで」 「あ……ああ、みんなでね」  戸田は小さく頬をかいて、そして嬉しそうに首をたてに振ってくれた。 「うん、行きたい。梢ちゃんたちもたぶん、大丈夫だと思う」 「よかった。あと、もし他にも誘いたいやついたら誘ってって、大谷が」 「わかった」  またうなずくと、戸田はにっこりと笑ってくれた。それを直視するのは何だか気恥ずかしくて、視線をさまよわせてしまう。  するとタイミング良く、戸田の体温計が鳴ってくれたのでホッとした。 「熱はないみたいです」  戸田はそう言って、篠田先生に体温計を渡した。先生はノートにその数値を書き込むと、さっきまでベッドメイキングしていた奥のベッドへ顔を向けた。 「奥のベッドを用意したから、そこで横になってて。あ、中曽根くんは絆創膏だったわね。貼るからこっちに来なさい」 「あ、大丈夫です。自分で貼るんで」  先生の申し出を断って、大きな絆創膏一枚だけを受け取り保健室をあとにしようとする。  戸田が立ち上がってベッドへ向かおうとしていたので、声をかけた。 「じゃあな。ゆっくり休めよ」 「うん、ありがとう」  俺は絆創膏を手の代わりにゆらゆら揺らして、保健室から出て行った。 ──よし、夏祭りに誘えたぞ!  心と足取りはあの日の理科室のときみたいに軽くなって、俺の気持ちを高揚させていたのだった。
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