66人が本棚に入れています
本棚に追加
「あーん、暑すぎるよ〜!」
そう叫んだのは、友達の美羽だ。
私の机の前に立ち、元気で声がよく通る彼女は大口を開けて、今日の暖かすぎる気温をなげいている。
「早く衣替えしたーい!」
下敷きをうちわ代わりにして扇ぐ美羽を、そのとなりに立つ梢ちゃんが「もう来週じゃない。そこは我慢しなさい」と、たしなめた。
肩で切りそろえられた髪型みたいに、まっすぐきっちりしている性格の梢ちゃんは、そう言いはなった。でも、美羽にはてんで効かないようだ。
「もー、何だって五月でこんなに暑いかなぁ? 地球温暖化、はんたーい!」
「美羽一人が反対してもねぇ」
梢ちゃんはやれやれ、と肩をすくめて私に笑いかけてくれた。
私もそれを受けて、小さく笑う。
「もう、梢ちゃんってば中学生になっても超クールなんだから。でも、落ちついた大人って感じ、いいなー。私もクールになりたい! ね、るりっち!」
「え、クール?」
突然話をふられて、私はあわてた。クール……かぁ。
「うーん……私は別に、今のままでいいけれど」
きょとんとして首をひねった私に、美羽がビシッと人差し指を突きつけてきた。
「あ・まーい! 私たちもう中学生なんだよ? ガキンチョ小学生じゃないんだよ? そろそろ大人っぽい、ガールにならなくっちゃ!」
「が、ガール……」
たじろぐ私に美羽は、髪型がどーだとか肌のお手入れがどーだとか制服の着こなしがどーだとか、マシンガンのように力説し始めた。
こうなった美羽はもう、止められない。
「あーあ。始まっちゃったよ、美羽漫談」
と、美羽の昔からのテンション高いご高説を前に、梢ちゃんはあきらめたように腕を組んだ。
私、戸田るりと、羽鳥梢ちゃんと、望月美羽は、小学生からの仲良し三人組だ。
中学では、美羽だけ別のクラスになってしまったけれど、始業前と休み時間はこうして集まっておしゃべりをしているのが、入学以降の朝のパターンとなっていた。
決まって私の席に集まるのは、明るい窓際で気持ちいいからだろう。
二階にあるこの教室から見えるグラウンドにも、春らしい柔らかな陽射しがさんさんと降りそそいでいた。そこに、始業前に間に合うよう登校してきている生徒たちがたくさんいる。
おのずと視線はそちらへ向いた。
そのなかに、すぐに見つけられる人物がいたからだ。
(あ……中曽根)
ちょうど、門とグラウンドの中央らへん。
友達と歩いている彼は、まだ体に合っていないダボっとした学ラン姿で友達と笑っていた。
中曽根 悠。私と同じ、青葉中学校の一年二組に在席している男の子。
幼稚園から小学校時代も、ずっと同じクラスだった幼なじみの彼。サッカー部で、元気で、私よりもちょっとだけ背が高い。
そして私の──片想いの相手なのだ。
「るりっち、また中曽根ウォッチング?」
「!」
美羽の耳打ちに私はハッとして、窓から視線を外した。
「ち、違……」
「いーのいーの、友情よりも愛情でも!」
からから笑う美羽の前で、顔が赤くなるのがわかった。
「こら美羽、からかわないの」
梢ちゃんがフォローを入れてくれるものの、私は「ううぅ……」と小さくうなるしかなかった。顔から湯気が出るくらい恥ずかしい。
私が中曽根のことを好きだって知っているのは、梢ちゃんと美羽だけだ。
美羽は好きな人がころころ変わるし、梢ちゃんは恋愛に興味がないみたいだから、どうしても恋愛話では私の片想いがメインになってしまう。
まぁ、おもに美羽が私をからかいそれを梢ちゃんがたしなめる、という図になるんだけど。
「もー、早く告っちゃえばいいのに」
美羽は、お気楽に言ってくれた。
「やだよ。また同じクラスなんだから、ギクシャクしたくないもん」
「でもでも! 憧れの制服デートとかできちゃうかもだよ!?」
顔を近づけてくる美羽だけど。
「美羽がすればいいのでは?」
と、またフォローを入れてくれた梢ちゃんへすぐに顔を向けた。
「そうなの! そのためには早く王子様を見つけないと!」
自分のチェックした男の子の話をしだした美羽は、もう私の片想いには興味がなくなったようである。ふう、梢ちゃんナイスアシスト!
あーあ、でもこんなんじゃ言えないな。まさか消しゴムおまじない、実行中だなんて。
美羽にバレたら、絶対「そんな子どもじゃないんだから!」って言われちゃう。
中学生になったとたんに大人になるわけじゃないのに、最近の美羽はやたら大人ぶりたいようだ。でもまぁ、そんな気持ちもちょっとわかる。中学生になるって、大人への階段を大きく上がった気になるもん。
まだ慣れない制服や、大人っぽい先輩たち。
教科ごとに、先生が変わる授業も新鮮。
まるで、違う世界に飛びこんだみたいだ。
(でも……おまじないくらいなら、いいよね?)
自分の机に置かれたペンケースを、ちらりと見る。
その中に入れられた、中学から使い始めた消しゴム。
そこには、ピンクのペンで書かれた彼の名前が、紙ケースに隠されているのだった。
最初のコメントを投稿しよう!