春の章「片恋消しゴム」 ① るりSide

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「あーん、暑すぎるよ〜!」  そう叫んだのは、友達の美羽(みう)だ。  私の机の前に立ち、元気で声がよく通る彼女は大口を開けて、今日の暖かすぎる気温をなげいている。 「早く衣替えしたーい!」  下敷きをうちわ代わりにして扇ぐ美羽を、そのとなりに立つ(こずえ)ちゃんが「もう来週じゃない。そこは我慢しなさい」と、たしなめた。  肩で切りそろえられた髪型みたいに、まっすぐきっちりしている性格の梢ちゃんは、そう言いはなった。でも、美羽にはてんで効かないようだ。 「もー、何だって五月でこんなに暑いかなぁ? 地球温暖化、はんたーい!」 「美羽一人が反対してもねぇ」  梢ちゃんはやれやれ、と肩をすくめて私に笑いかけてくれた。  私もそれを受けて、小さく笑う。 「もう、梢ちゃんってば中学生になっても超クールなんだから。でも、落ちついた大人って感じ、いいなー。私もクールになりたい! ね、るりっち!」 「え、クール?」  突然話をふられて、私はあわてた。クール……かぁ。 「うーん……私は別に、今のままでいいけれど」  きょとんとして首をひねった私に、美羽がビシッと人差し指を突きつけてきた。 「あ・まーい! 私たちもう中学生なんだよ? ガキンチョ小学生じゃないんだよ? そろそろ大人っぽい、ガールにならなくっちゃ!」 「が、ガール……」  たじろぐ私に美羽は、髪型がどーだとか肌のお手入れがどーだとか制服の着こなしがどーだとか、マシンガンのように力説し始めた。  こうなった美羽はもう、止められない。 「あーあ。始まっちゃったよ、美羽漫談」  と、美羽の昔からのテンション高いご高説を前に、梢ちゃんはあきらめたように腕を組んだ。  私、戸田(とだ)るりと、羽鳥(はとり)梢ちゃんと、望月(もちづき)美羽は、小学生からの仲良し三人組だ。  中学では、美羽だけ別のクラスになってしまったけれど、始業前と休み時間はこうして集まっておしゃべりをしているのが、入学以降の朝のパターンとなっていた。  決まって私の席に集まるのは、明るい窓際で気持ちいいからだろう。  二階にあるこの教室から見えるグラウンドにも、春らしい柔らかな陽射しがさんさんと降りそそいでいた。そこに、始業前に間に合うよう登校してきている生徒たちがたくさんいる。  おのずと視線はそちらへ向いた。  そのなかに、すぐに見つけられる人物がいたからだ。 (あ……中曽根(なかぞね))  ちょうど、門とグラウンドの中央らへん。  友達と歩いている彼は、まだ体に合っていないダボっとした学ラン姿で友達と笑っていた。  中曽根 (ゆう)。私と同じ、青葉中学校の一年二組に在席している男の子。  幼稚園から小学校時代も、ずっと同じクラスだった幼なじみの彼。サッカー部で、元気で、私よりもちょっとだけ背が高い。  そして私の──片想いの相手なのだ。 「るりっち、また中曽根ウォッチング?」 「!」  美羽の耳打ちに私はハッとして、窓から視線を外した。 「ち、違……」 「いーのいーの、友情よりも愛情でも!」  からから笑う美羽の前で、顔が赤くなるのがわかった。 「こら美羽、からかわないの」  梢ちゃんがフォローを入れてくれるものの、私は「ううぅ……」と小さくうなるしかなかった。顔から湯気が出るくらい恥ずかしい。  私が中曽根のことを好きだって知っているのは、梢ちゃんと美羽だけだ。  美羽は好きな人がころころ変わるし、梢ちゃんは恋愛に興味がないみたいだから、どうしても恋愛話では私の片想いがメインになってしまう。  まぁ、おもに美羽が私をからかいそれを梢ちゃんがたしなめる、という図になるんだけど。 「もー、早く告っちゃえばいいのに」  美羽は、お気楽に言ってくれた。 「やだよ。また同じクラスなんだから、ギクシャクしたくないもん」 「でもでも! 憧れの制服デートとかできちゃうかもだよ!?」  顔を近づけてくる美羽だけど。 「美羽がすればいいのでは?」  と、またフォローを入れてくれた梢ちゃんへすぐに顔を向けた。 「そうなの! そのためには早く王子様を見つけないと!」  自分のチェックした男の子の話をしだした美羽は、もう私の片想いには興味がなくなったようである。ふう、梢ちゃんナイスアシスト!  あーあ、でもこんなんじゃ言えないな。まさか消しゴムおまじない、実行中だなんて。  美羽にバレたら、絶対「そんな子どもじゃないんだから!」って言われちゃう。  中学生になったとたんに大人になるわけじゃないのに、最近の美羽はやたら大人ぶりたいようだ。でもまぁ、そんな気持ちもちょっとわかる。中学生になるって、大人への階段を大きく上がった気になるもん。  まだ慣れない制服や、大人っぽい先輩たち。  教科ごとに、先生が変わる授業も新鮮。  まるで、違う世界に飛びこんだみたいだ。 (でも……おまじないくらいなら、いいよね?)  自分の机に置かれたペンケースを、ちらりと見る。  その中に入れられた、中学から使い始めた消しゴム。  そこには、ピンクのペンで書かれた彼の名前が、紙ケースに隠されているのだった。
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