春の章「片恋消しゴム」 ① るりSide

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 ホームルームも終わり、一限目が始まる前の時間に、私のとなりに座る彼が「あれ?」と首をかしげた。  中曽根の席は、私のとなりだ。絶賛片想い中である私は、すぐに彼の行動に気づくことができる。  というか、幼稚園からの幼なじみ。どうして彼が首をかしげているかなんて、ピンとくるのだ。 「もしかして、何か忘れ物?」  ずっと彼を気にしていたくせに、さも「今気づきましたよ」みたいな顔をして、私は話しかけた。 「お、戸田よくわかったな」 「わかるわよ。この忘れ物大臣」 「はっはっは。何なら総理と呼びたまえ」 「おバカ」  お調子者の中曽根との、こんなやりとりは昔から。でもこんなおバカなやり取りが、私は大好きなんだ。  クシャって笑う中曽根の顔が、好き。  おどけて笑う仕草も。  最近大人びてきた喉元も。  まだ長い袖から出している手も。  じつは全部ぜーんぶ、好きなんだよ。  なんて……言えるはずもないんだけどね。 「で、何を忘れたの?」  なんとはなしに、中曽根にそう聞いてみた。すると。 「消しゴム」  と、彼はドキッとする単語をつぶやいた。 「……消しゴム?」 「うん。戸田、ちょっと貸してくれる?」 「か、貸す!?」  それは……ま、まずい! 「何、そんなに驚いてるんだよ」 「い、いや……その」 「それ貸してよ」  中曽根が指先でそれを指す。なぜよりによって私の消しゴムは今、ペンケースからはみ出ているのか。  自分を責めたい気持ちが押し寄せてくるが、そんなのは今は後回しだ。ど、どうすれば良い? (これで貸さないのっておかしいよね? でも貸したらおまじないの効果が……? いや、この場合、片想い相手本人なら逆に効果増? ……ってバカバカ! 貸すのはやっぱり、リスク高くない!?) 「なーに一人で百面相してるんだよ。借りるぞ」 「あ!」  私がぐるぐると考えている間に、中曽根は無遠慮にも禁断の消しゴムに手を伸ばして、持っていってしまっていた。 (な、中曽根ぇ〜!)  私の心中に突然、嵐が吹き荒れはじめた。  だって彼が今持っている消しゴムには、彼本人の名前が書かれているのだ。彼の消しゴムじゃないのに、だ。 (ああ、神様……!)  と祈ることしかできない私のとなりで、何も知らない中曽根は消しゴムを使い始めた。のん気にも「ふんふーん♪」と鼻歌なんか小さく歌って、プリントの字を消している。  まさかその消しゴムに、自分の名前が隠されているなんて彼は思ってもいない。  だ、大丈夫そうかな? 別に普通に使うだけなら、大丈夫だよね。  私はゴクリと固唾を飲んで、中曽根を見守っていた……が、しかし。  ふいに中曽根が、消しゴムを両手の指で持ち始めた。  よく見たら、使われ小さくなった消しゴムはケースから少ししか出ていない。  も、もしや。ケースをずらして使おうとしている?  中曽根の指先にグッと力が入るのがわかった。左指は消しゴム、右指はケースにかけられていて、その動作はまさに、消しゴムを引き抜こうとしている動作……! (だ、ダメーーー!)  私のその叫びは、もれることはなかったが行動に出てしまっていた。 「うわ!」と叫んだのは中曽根だ。  一方私は、ガタン! と自分の椅子と机を大きくずらして、差し出した手で彼から消しゴムを奪っていた。  私の電光石火の行動に、中曽根がびっくりしている。 「な、なんだよいきなり?」 「だ……ダメ! やっぱり貸せないっ」  これが変な行動に見られているってことも、まわりの席の子がこちらに振り返っていることにも気づかずに、私はひたすらに小さな消しゴムを両手で握りしめた。  胸の前で握ったそれを、ぎゅっとぎゅっと、ひたすらに隠した。 「はぁ? なんで……」  中曽根が不満そうに眉をしかめたそのとき、一限目の授業の先生が教室に入ってきた。 「はいはーい。みんな席に早く着いてねー」  のん気な声を出す先生に促されて、立っていた数人の生徒が自分の席に戻っていく。  タイミングを失ったのか、中曽根はそれ以上私を追求しなかった。  でも。 「……感じわりーの」 「!」  小さくもらされた、彼のその言葉に。  私の胸がチクンと痛んだ。
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