春の章「片恋消しゴム」 ① るりSide

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 何で、こんなことになっちゃったんだろう。  帰宅して夕ご飯も食べ終えた午後八時になっても、私の心は晴れることなどなかった。  自室のベッドの上で、ごろりと横になりながら思い出すのはひたすらに、今朝の小さな大事件のことばかりだった。  おまじない消しゴムで消え去った、中曽根とのたわいない会話の時間。  あれ以降、中曽根とはギクシャクしてしまったまま、一日が終わってしまったのだ。 (でも、当たり前だよね。あんな態度とっちゃったら……)  何で、消しゴムを貸しちゃったんだろう。  何で、もっとスマートにやれなかったんだろう。  何で何でと、いまさら取り返しのつかない後悔をくり返しては、胸が痛む。  こんなに不器用な自分に、嫌気がさしてくる。  中曽根、私のこと嫌いになっちゃったかな。  もしかしたら今日のことで、一気に嫌いになったかもしれない。  だって、帰るまで一度も話してくれなかったし、目が合ってもすぐにそらされてしまった。  今朝の行動が、今まで繰り返していた中曽根とのたわいもない時間を、終わらせてしまったのかもしれない。  一瞬──だ。  好きになるのも、嫌いになるのも。  それを私は、よく知っている。  移ろいやすい私たちの気持ちは、一瞬で変わってしまうんだ。  それを私は、あの日に知った。  小学六年生の夏。  中曽根にあっという間に恋をした、とある一日を思い出していた。
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