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春の章「片恋消しゴム」 ② 悠Side
「や〜、いい時期になりましたなぁ」
悪友、大谷圭介が鼻の下を伸ばした変な顔でつぶやいた。
今は始業前の、朝の時間だ。
まだざわめいている教室の中、俺は友人の前の席に座って雑談をしていたのだが、唐突な先ほどの大谷のセリフに首をかしげてしまう。
それは席に座っていた小池隼人も同様だったようで、リスのようなくりくりした目をして、立っていた大谷に声をかけた。
「いい時期って?」
そんな小池の肩に腕をまわし、大谷は「はっはっは」と芝居がかって笑う。
「もちろん、制服だよ制服! 衣替えしただろう?」
大谷が言うとおり、今日から六月。衣替えとなった。
カブトムシのように真っ黒だった俺たちは、やっとこさ暑い学ランを脱ぎすてることができて大喜びだ。女子も白地のさわやかなセーラー服へと袖を通し、見ていて軽やかそうだった。
「制服が、どうかしたの?」
とまた質問をした小池に、
「これだから隼人は、お子様なんだよ」
と大谷は大げさに首を横にふる。
そして大谷は、ちょいちょいと指をかき俺と小池の顔を近づけさせると、こっそり言った。
「女子の制服だよ、制服」
「はぁ? 女子?」
「中曽根、声でかくすんじゃねー!」
そんなさして大きい声じゃなかったのに、大谷はあわててまわりを気にした。
もちろん誰も、俺らに注目なんてしちゃいないのだが。ていうか、大谷の今の声の方が大きかったぞ。
図体も声もでかい大谷は、何がそんなに楽しいのか、含み笑いをしてまたこっそりと(本当はそれなりにでかい声だけど)言った。
「女子がさぁ、露出多くなったじゃん! なんかこう、男としてロマンを感じんかねぇ、中曽根くん」
「ロマンねぇ。別にクラスの女子に、どうとかはなぁ……」
あきれた俺の横で、小池が「ケイちゃん、親父くさいね!」と変なツッコミを入れる。
「うるせぇ隼人! あと、ケイちゃんなんて可愛い呼び方をするな!」
怒った大谷は小池を羽交いじめして、じゃれ合い始めた。
騒がしい大谷と、小さくてコロコロよく笑う小池は、小学校時代から仲が良い。俺だけとなりのクラスで別だったが、同じ町内の少年サッカークラブに入っていたから、仲良くすることが多かった。
中学はなんと、奇跡的に三人とも同じクラスとなったときは驚いた。
もちろん三人とも中学ではサッカー部に入部し、しょっちゅうつるむ羽目になる。そのうえ苗字のせいで「大中小トリオ」なんて俺たちは呼ばれたりするのだった。
「あらわにされた二の腕に、軽くなったひらめくスカート……」
大谷のやつ、なんかいきなり語りだしたぞ。
「そして背中に透けて見える、禁断のブラ……! こりゃあたまりませんなぁ!」
「ケイちゃん、本当に親父みたい」
小池のつぶやきに、俺も同意する。
「くっだらないなぁ。そんなんの何がいいんだよ」
俺がそう言うと大谷は、くわっと目を開いてこちらを見た。
「お前、それでも男か!」
「だってさ、姉貴がいるから慣れてるんだよ。下着姿でしょっちゅう、うろついてるし」
「なっ! その貴重さに感謝しろ、お前は! ……うらやましい」
こらこら、本音が漏れてるぞ、大谷。
しかし、そんなに興奮するほどのもんかね? クラスの女子なんて、つい最近まで一緒に遊びほうけていた、同い年のガキンチョじゃないか。
そう思いちらりと教室内を見渡した俺は、ある人物と目を合わせないようにだけ気をつけた。
(……戸田のやつも、夏服着てる)
そんな当たり前のことを確認して、また視線を外す。
戸田るり。俺の幼稚園からの幼なじみで、仲良くしていた女子だ。
ちょっとのんびりしていて真面目で、女の子らしい女の子。でも気さくな性格もあって、男女ともに友人が多い子だった。俺のガサツな姉貴とは、また違うタイプだと思う。
そんな戸田と、最近ギクシャクしている。理由は戸田にある。
なんだっていきなり、消しゴムを奪って怒ったんだ。わけがわかんねぇよ。
その事実は最近の俺を苛立たせているのだけれど、どうしてなのかがわからない。わからないから、余計にモヤモヤするんだ。
ああ、なんかもう……どうにかなんないかなぁ。
「はぁ……女子とお近づきになりたい」
大谷がふと、そうつぶやくと。
「僕もケイちゃんも一人っ子だからねぇ。悠くんとは違うのさ」
なんて、いつの間にか小池は大谷の肩を持ってそんなことを言った。
それに機嫌を良くした大谷は、あらためて教室内の女子を見てつぶやく。
「それにしても、最近までおまじないを信じてたような子ども女子も、やっぱり制服となると印象変わるよなぁ」
「ああ、消しゴムとか上靴のおまじないとかね。流行ってたらしいしね」
ん、消しゴム?
小池が発したとある単語に、俺はピクリと反応した。
「なんだ、その、消しゴムのおまじないって」
その質問に、小池はまたクリッとした目をこちらに向けた。
「あれ、悠くん知らない? 消しゴムに、好きな人の名前を書くとかいうやつ」
「……知らない」
「一時期女子の間で流行ってたんだよ。けっこう有名なおまじないだよね」
そう教えてくれた小池のかたわらで、大谷が「まぁ、そんなのやってるようなお子ちゃまは、俺の眼鏡にはかなわねぇけどな!」なんて調子よく言う。
「ケイちゃんのには、かなわない方がいい気がする」
「何を、隼人このやろう!」
またしてもじゃれ合う二人の姿を尻目に、俺はふと考え込んでしまった。
消しゴムのおまじない──か。
もしかして、と脳裏に浮かぶのは、顔を真っ赤にして俺から消しゴムを奪い取った、戸田の顔だった。
困ったような恥ずかしそうな、あんな表情は初めて見た気がする。
「まさか……な」
そんな俺のつぶやきは、大谷と小池には届かずに、教室の片隅に消えた。
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