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さわやかな初夏の風が、教室に滑り込んできた。
数学という、中学から新たにスタートした教科の先生は、俺にとって子守唄に聞こえるダミ声を響かせている。
ああ──これはやばい。眠い。
ちょっとだけ、と、いつの間にか上半身はゆっくりと倒れていく。
俺は風の心地よさに負け、こっそりと気配を消して、体ごと机に突っぷした。腕枕に顔を埋め、目の前に教科書を立たせて姿を消すことに成功する。
黒板に走るチョークの音と、先生のダミ声コンボ。これに負けている生徒は、俺だけじゃないはずだ。
(風……気持ちいいな)
緑の薫り含む風を受け止めたくて、窓側に顔を向ける。するとそこに、となりの席に座る戸田の横顔が見えた。
はは。戸田のやつ、真面目に授業受けてるな。
どんくさいくせに生真面目な戸田は、授業においていかれないように必死になって、黒板の文字を写している。後から友達に見せてもらってもいいのに、あいつらしいや。
シャープペンシルを走らせる戸田は、そんな風に俺が見ていることに気づいていない。
ノートの端っこに例の消しゴムを置いて、ひたすらに前方の黒板を目で追っていた。
俺は視線をそのまま消しゴムに移して、あの日のことを思い出していた。
あの消しゴム。どうしてあの時、奪ったんだろう。
まるで何かを隠すように、彼女はぎゅっと固く、手の中にそれを閉じ込めた。
答えは、あの消しゴムのケースを外したらわかるのだろうか。ぼんやりと、そんなことを考えた。
別に戸田のことが、好きってわけじゃない。そんな風に考えたこともなかった。
でも、あんな風に消しゴムを奪われたのはショックだったし、今こうしてギクシャクしていることにも何だかムカついていた。
そんなことを俺が考えていることも知らずに、戸田は懸命にノート取りを続けている。
ペンを走らせている手は細い。視線を手から腕へと移すと、その腕はセーラー服から伸びていた。白い腕だな。柔らかそうだな。ぼんやりと思う。
その白い腕は、短い袖口から伸びている。そして。
その袖口から見えてしまった、白い……──。
(……!!)
──そして背中に透けて見える、禁断のブラ……! こりゃあたまりませんなぁ!
な、なんでここで、大谷のエロ台詞が聞こえるんだよ!?
違うからな! 今のはたまたま、見えちまっただけで!
俺はあわてて、顔を逆に向けた。
それなのに脳裏に、袖口からしっかりと見えてしまった、戸田の下着がチカチカと蘇る。
俺はもう、戸田の方を見ることができなくなって、仕方なしに黒板の文字の羅列を見ることにした。でも、もう眠くなることなんてなかった。
戸田、気づいてないよな?
てゆーか、油断しすぎだろう!
俺の戸田に対する苛立ちは、その一件でますます増えてしまったのだった。
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