春の章「片恋消しゴム」 ② 悠Side

4/4
前へ
/86ページ
次へ
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒がざわめき出した。四限だったので、次は昼食だ。みんなお腹がペコペコで、一刻も早く教室に帰りたいのだろう。  またざわめきをかき分けるように、先生の声が届いた。 「それでは授業を終わります。理科係さん、最終チェックだけお願いしますね」  先生はそれだけ淡々と告げ、さっさと理科室を出てしまった。  げ、理科係って俺じゃん。 「中曽根、早く行こうぜ〜」 「僕もお腹ペコペコだよ」  となりの大谷と、近寄ってきた小池が一緒に声をかけてくる。  他の生徒が続々と理科室から出ていく中、残っているのは俺たちだけとなった。 「わるい。俺、理科係だからちょっと遅れていくよ」  理科係というのは、ようは理科の授業での雑用係だ。  理科室が使われた日には、こうして器具の最終チェックや忘れ物がないかを、見なければいけない。ちなみにもう一人いるのだが、そいつは今体調不良で欠席しているため、今日は俺一人となってしまった。 「わかった。んじゃ先行ってるな」  と大谷はあっさり席を立ち、 「悠くん、またね」  と小池も手を振った。  二人は俺を待つことなく、さっさと教室へ向かってしまう。まったく薄情なやつらだ。ま、女子じゃないんだから、行動いちいち一緒でも嫌だけどな。  さて、さっさとチェックして俺も行こうっと。  一人理科室に残った俺は、使われた顕微鏡がちゃんと戻されているか、数が合っているかをチェックする。  いち、に、さん………ん、オッケー。  そして身をかがめて、ざっと理科用実験台の下の棚をチェックする。  たまにここに、教科書や筆記用具を忘れていくバカがいるんだよなぁ。あ、やっぱり今日も! 「おいおい、誰だよ」  その忘れ物が見えた机に向かっていく途中で、ハッとする。  こっちの席のグループ。  それをあまり見ないように、俺はしていたから。 (……このペンケース…)  見間違えるはずがない。  だってそれは、俺の席のとなりの人物が、持っているやつだから。  よく見たことのあるパステルイエローのペンケース。戸田るりの、ペンケースだった。 (あいつ……忘れてってやがんの)  女の子らしい可愛らしいペンケースを机の上に置いて、俺はそれを見つめた。  チャックで閉じ込められているはずの、戸田がいつも使っている文房具。  その中にあの、消しゴムもあるのだと考えながら。 「…………」  俺の脳裏に浮かぶのは、以前の小池のセリフ。 ──あれ、悠くん知らない? 消しゴムに好きな人の名前書くとかいうやつ。  そんなおまじないがあるなんて、知らなかった。  だとしたら、戸田はそれを実行しているのだろうか。あれだけ、俺に消しゴムを使われるのを嫌がっていたし。  それに……そうだ。  たしか、あいつがあわてだしたのは、俺が小さくなった消しゴムをケースから出そうとした時じゃなかったか? 「…………」  駄目だ、最低だ、ともう一人の自分が小さく叫ぶ。  それなのに俺の手は、勝手に机の上のペンケースのチャックを、引っ張ろうとしている。  これは好奇心なのだろうか。  苛立ちからくる、反動なのだろうか。  存外にたいした葛藤もなく、俺はペンケースから消しゴムを取り出した。  コロンと小さな消しゴムが、俺の手に落ちる。  ちょっと……ちょっと見るだけだ。  見てすぐ、戻せばいい。  本当におまじないがされているかなんて、わかんないし。  以前、戸田から奪われたあいつの消しゴム。  それを俺は、ケースからそっと引き抜いた。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加