ひとにあらず。

特権と突然

　あなたは、自分以外にこの場所でメールの内容を把握しているモノがあるなど、気づきもしないでしょうから、結果として盗み読みをしているわたしが、いくら罪悪感を抱こうとも、そんなものにはおそらくなんの意味もないのだと思います。

　ただ、その罪悪感は、翻すとこうも言えるのです。

　わたしが、このオフィスという特定の場において、あなたに関して持っている特権は、ふたつあるのだと。

　ひとつめは、あなたの望むとき、いつでもあなたのゆびに触れてもらえること。

　ふたつめは、あなたが誰に恋文を書いても、それを最初に読めるのはわたしであるということ。

　それはつまり、あなたが誰かを愛すれば愛するほど、わたしはあなたの愛の言葉をこのからだで感じることができる、ということです。

　だから、いくらでも書いてほしいのです。

　あなたの返信の内容から、彼女が送ってきたメールの内容は読めなくとも予測がつきます。たいていは、とてもたわいもないこと。今日はお昼に明太子パスタを食べましたとか、定期忘れてショックですとか、帰りに同僚の女の子たちとご飯食べてくるねとか。

　業務メールを打つときはとてもなめらかなあなたのゆびの運びが、こと彼女宛のメールを書くときだけは、おかしいほどに滞る。なんどもゆびを鳴らし、滅多にかかない汗で、てのひらをぬらして。

　自分に言われているわけでもないその科白を、こっそりと聞くことで得るこの快感は、ひとがドラマや本や漫画の中で、ヒーローがヒロインに愛を告げるのを見て感じるそれと、似ているような気がします。わたしのアタマの中にだけある恋愛。相手は、そんなわたしの存在すら知りもしない。愛される、というのは、運がよければ手に入る、副産物なのだと思います。愛するのは、いくらしても、タダ。こんなリーズナブルかつ簡単な快楽の手に入れ方を、わたしはほかに知りません。

　あなたから与えられるこのからだの痛みが、あなたの恋愛の役に立ち、さらにわたしの、この恋心をも満足させてくれる。これほど、自分が自分で良かったと思える立場は、ないのです。この恋は、わたしに誇りを与えてくれました。

　そして。

　ある日突然、それは来ました。