なぞらずにいられない

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なぞらずにいられない

 毎日あなたのゆびに触れる、百九本のわたしのゆび。  E.T.という古典映画の中には、主人公の男の子が、宇宙人のE.T.とゆびさきを触れあわせるシーンがあるそうです。怪我をした少年のそこにエイリアンが触れてその傷を治す、という。  日々振り下ろされるあなたのそれには、もちろんそのような傷などありません。  けれど、あなた自身のその叩きつけるような打鍵のやり方が、結果としていつか、その長く節ばった十指を傷つけてしまうのではないか。いつもわたしは、このからだが、もっともっと衝撃を吸収するような素材でできていればよかったのにと、激しく打たれながら思うのです。  わたしには理解できない難しいお仕事をしているあなたの表情は、いつもとても険しい。けれど、ここに座っているとき、あなたは一瞬、とてもうれしそうな顔をすることがあります。それはだいたい、毎日午後一時から二時の間。  それは、あなたの愛する彼女から、メールが届く時間です。  普段感じるメールの送受信音がしないことから、あなたと彼女は、おそらくプライベート用のアドレスなり、あるいはほかの方法なりを使ってやりとりをしているのだと思います。  そしてわたしは、スマートフォンをプライベートであまり長く操作するのが少々難しそうなこの職場環境に、どれだけ感謝したことでしょう。そのおかげで、あなたはわたしを通さなくては、愛の言葉を交わせない。  もちろん、ただのキーボードであるわたしには、使われているメールソフトがなんであれ、あなたに届いた誰かからのメールの文面を読むことなどできません。  わたしが読めるのは、あなたがわたしのからだを使って打ち込む文章だけ。  本当は、彼女以外の存在がそれを読むなど、遠慮すべきことなのでしょう。  ああ。読める、というのとは少し違うかもしれません。けれど、わたしのゆびひとつひとつに刻まれた文字を押していく、その動きをたどれば、どうしてもあなたの書く恋文の内容は、判ってしまう。それは、わたしがキーボードという存在である以上、どうしようもないことです。  そしてわたしは、あなたの書いた文を、頭の中でなぞらずにいられない。愛したひとが、愛するひとに、どのような言葉を綴るのかが、知りたい。罪悪感がないと言えば、嘘になります。けれど。
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