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夜の闇に紛れて辿り着いたのは、山間だが少し山を降りると海が見渡せる崖のある、そんな村だ。
「源太。くれぐれも目立つ真似はするなよ?」
「わかってるよ!!」
村から少し離れた防空壕に身を潜めた俺たち三人は、食料を調達するのを明日からに決めて、変わり映えのない夜を過ごすことにした。
「リクにい!今日も相手してくれる?」
「ああ、いいぜ」
あどけない表情が抜けない秋彦が、俺に縋るようにして言うから、まあ、そりゃ兄貴分としては気分がいい。
この頃の日課は、夜な夜な秋彦に体術を教える事だ。
吸血鬼になってから、すぐに海堂に教えを受けていた俺は、それなりに体術には自信があった。
後輩に教えを請われて嫌な気はしなかったし、秋彦の純粋な眼差しと姿勢は好ましかった。
「ここで突きを繰り出す。そーすると、相手はこうやって防御するだろうから」
「待って。やっぱ相手がいないとよくわからないよ」
「だな。よーし、源太!ちょっと来い!」
「なんでオレ!?イヤだって」
「うるせえ口答えすんじゃねえ殺すぞ」
渋々と源太が俺の前に立つ。
「源太、俺を殺す気で来い。まあ、死なないけど」
「あんたのその開き直り方、尊敬するよ」
「お前もそのうち体験するさ。死ぬような怪我したからって、俺らは死なない。あの感覚は実に興味深いよ」
うへぇ、と源太が心底イヤな顔をしてみせた。
「なんなら俺が一回殺してやろうか?」
「やめろハゲ!つかお前がいっぺん死ね!」
源太はあまり俺に心を許していないから、そんな軽口を叩き会えるこの瞬間が、なんかめっちゃ嬉しかった。
そんな山間の夜は過ぎて、日中は外に出られないから寝ることにして、二日目の夜を迎えた。
今日はそれぞれ、村に偵察に行く予定だ。
この2年である程度の力をつけた二人とは別行動をとることにした俺は、二人というか主に秋彦の不安そうな顔に笑顔を向けて言ってやる。
「なんかあったら飛んでくからな?俺は飛べるんだぜ」
「いや飛べはしねぇだろ!?精々飛んだように見えるだけだろ!!」
「それを人は飛んだというのだった」
「昔話!昔話みたいな口調になってる!?」
相変わらず空気を読まない源太に、俺はテヘペロと笑ってやると、拳骨が飛んできた。
「イッタ!今のめっちゃイッタ!あーぁ、お兄ちゃんのこと殴っていいのかな?それでいいのかな?」
「兄と思った事はねぇよ!!」
「お兄ちゃんショックで泣きそうなんだけど!?」
「死ね!!」
「おっと、そんなんで俺を殺すって?バカめ、俺は死なん!なぜなら吸血鬼だからだ!!」
「ウゼェエエエ!マジでウゼェエエエ!!」
源太はおちょくると面白い。これは最近の俺の趣味だ。
とまあ、そんなわけで、俺はひとり明かりもない山村へと向かった。
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