第8話 ピエロの男

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第8話 ピエロの男

「マスター!」  ギルド対抗戦も終わり、翌日。  本日は休日で、俺はリーリーと共に久しぶりのギルド本部へやって来た。  マスターのアシュレイは、以前と同じように、ギルド本部の奥のバーカウンターでひとりで酒を飲んでいた。  ちなみに今は朝の8時だ。マスターは全く肝臓の気持ちを考慮しない性格らしい。 「おや?二人とも、久しぶりだねぇ」 「マスター、元気でした?」 「もちろん。リリは?」 「あたしもですマスター!」  初めての出会いから今まで、リーリーはマスターの前ではお利口にするので、俺はもう違和感でしかないのだが、それくらい慕っているのだろうなぁと、二人のやり取りを見守る。  裏山。とかは思ってないぜ。 「あ、そうだ、マスター!見てください!」  そう言ってリーリーは、ポケットから二つのメダルを取り出した。  今日ギルド本部へ来たのは、このためだ。 「へへーん、今年のギルド対抗戦、優勝したんですよ!!」  メダルはトーナメント優勝と準優勝を称えるためのものだ。 「リリ!良くやったね!」 「でしょ!?まあ、でも優勝したのはあたしじゃないんですけど」  あーあ、と悔しそうな顔で俺を睨む。 「ま、まあ、俺はほら、吸血鬼だし。それに総合優勝したんだからいいだろ」 「そうだけどさー、やっぱ勝ちたかったよね」 「今更言われても、なあ」  とか言っといて絶対に負けてやらんけどな。俺は負けず嫌いなの! 「まあまあ、二人とも怪我がなくて良かったよ」  とりなすようなマスターの言葉に、しかし今度はこっちがおし黙る。 「あ、あれ?なんかあったのかな?」 「それがですね、マスター」  リーリーは1日目の魔物討伐戦の時に起こった事をマスターに話した。  その間、俺はもう一度考えていた。  あの恐ろしいピエロの面……をつけた男。あれは完全に嫌がらせだった。だって俺がピエロ恐怖症なの知ってたし。それに、潔癖とかなんとか。  あいつは俺の親か!?というくらいに俺のことを知っている。  親、か。  俺にもいたなぁ、親。  なんて感傷に浸っていると、マスターとリーリーが何故かとても仲のいい親子の様にも見えてきた。全然似てないけど。 「ちょ、あんたなんで泣いてんの?」 「な、泣いてないよ、うん」 「めっちゃ涙出てんじゃん」 「泣いてねぇよバーカ!!」  いそいそと目元を拭う。ほらな、泣いてないもんねーだ!! 「まあいいや。それで、ピエロの面の男の事なんですけど」 「ああ、調べておくよ」  案外あっさりなマスターだ。もしかして、マスターはすでになんか知ってんじゃないか? 「あ、そういやね、リーリーに頼みがあって。良いかな?」  ポン、とマスターがわざとらしく右の拳で左の掌を叩く。 「なんでありますかマスター?」 「ちょっとそこのタピーオ買ってきてくれないかなぁ?」 「なんと、マスターもついにタピーオデビューですか!?」 「そうなるねぇ。どんなのか知らないけど」  おい、マスター。タピーオは恐怖の飲み物なんだぜ! 「ほら、行ってきて」 「はーい!行ってきまーす!」  リーリーが足早に去って行き、俺は改めてマスターと向き合う。 「わかりやすい人払いっすね」  リーリーは気付いていないだろうなあ。無邪気にマスターのお使いだと思っている事だろう。哀れな娘だ。 「君だってあまり聞かれたくはないだろう?」 「まあ」  異世界から来た、なんて話、聞いたってつまらんだろう。それに俺はあっちに帰りたいわけじゃない。このままここで、平穏に暮らせるのならそれもいい。  なんて思うくらいには、ここは居心地が良かった。  そりゃもちろんネトゲは恋しいし、部屋にこもってダラダラしたいけど。  だけど太陽の下、人目を気にせずに歩けるのと比べれば、後のことはどうでもいいし何とかなる。 「さっきの、ピエロ面の男の話なんだけどねぇ」  マスターの目付きは鋭い。  こんな顔も出来るのかと感心する。 「最近、裏の情報にちょくちょく出てくるんだよねぇ」 「裏の、情報?」  なにそれめっちゃカッコいい!!このアングラーな感じ、異世界って感じがする!! 「ギルド関係者が独自に築いている情報網なんだけど、最近になってよく聞く話が二つある」  と、その時、 「おっ待たせしましたー!!タピーオドリンクでーす!!」 「早っ!?」  リーリーが手にタピーオを二つ持って帰ってきた。 「マスター、はいどうぞ!」 「あ、ありがとう、リリ」 「いいえどういたしまして!!」  満面の笑みでマスターにひとつ渡し、俺の隣へやってくるリーリー。 「あ、おい、俺はそれはニガテだから」  申し訳ないが断ろう。そう、言いかけて。  訝しげな顔のリーリーに気付いた。 「はあ?あんたにはハナから買ってないから」  この、クソアマッ!! 「これ、あたしの。あんたは自分で好きなもん買えば?」  ぐぬうっ、とことん嫌味な女だ!!  昨日のトーナメント戦では、なんかちょっと分かり合えた感じあったのに!!  終わったら終了。他人の距離感だ。
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