第二章:エリア1-2

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第二章:エリア1-2

 鋼鉄都市には地下がある。そこに繋がる階段はボロボロになってしまったが直せばまだ使える程度だった。鉄でできた階段を音を立てながら降りていく。  鋼鉄都市の中心には穴が開いていた。そこには元々地下へ通じる道があった。その道は脆く、地面に埋まっていた為その地面は雨がしみ込んで土砂崩れを起こし、大きな穴ができてしまった。だが、地下へ通じる道は無数にある。なので行き来するのにさほど問題はなかったが、土砂崩れが起きた場所の真下にあった家屋はすべて崩壊した。その災害が起こると同時に多くの人間は消えてしまったので被害はあるようでないようなものだった。  階段をずっと降りていくと、目の前の壁には『十三』と書かれた看板がさげられていた。つき当たりを左へ歩くと、すぐに行き止まりに当たる。そこは穴が開いてしまった場所に繋がっていた。むき出し状態になった地下都市は凄惨な状態だった。今いる場所から下を覗こうとすればきっと奈落へ落ちてしまうことだろう。それほどに恐ろしい場所でもある。ただ気を付けていればなんてことはない場所だった。  そのまま右へ進んでいくと、ネオンライトが唯一光る家屋があった。そこが彼の仕事場だった。ネオンライトが点滅する看板には、『ブラウン研究所』と書かれている。扉を開けて中へと入る。  「遅い」  中は書類やガラクタの山で埋もれていた。その奥には液晶パネルが点滅していて、書類の山に囲まれた椅子にはパネルを見つめる男がいた。  「ごめん、ごめん。瓦礫に埋もれてたよ」  「嘘つけって」  「あはは」と言い流しながら懐から煙草の箱を取り出そうとした。すると男にすぐに制止された。「おい」  「あ、ダメなんだっけ、あずさっち」  「ダメも何も、俺は嫌いだと言っただろうが」  彼の名は藤井梓。煙草を吹かそうとしたのはチャーリー・ブラウンという、ここの研究所の所長だった。チャーリーは梓と二人でこの地下都市の研究をしていた。なんでも、地下都市の最下層にはとんでもないものが眠っているという噂があったからだ。元は違う場所にいたのだが、この鋼鉄都市に配属され、独立してチャーリーは研究所を立ち上げた。梓はチャーリーに無理やり連れられて共に地下都市の研究をしていた。  「ごめんって。それより、どう? 何かわかった?」  「いや、何も。ようやっと晴れたからソーラー式のロボットを動かして下までおろしている途中だが、まだまだ時間がかかりそうだ。それに、だんだん勢力も落ちてきている。下にはほとんど光が届いていないんだ」  「そうか……」  「それより、ブラウン。外界にあるロボットたちはどうなっている?」  「それが……故障どころか、粉砕されていてね」と悲しそうな声色で言った。  「本当か?」  だがそれはただの嘘で、長年ともに働いてきた友人として梓はその嘘を即座に見抜いた。  「……ほ、本気にしないでよ。自然災害にはそんな力はないよ。それにあのロボットの殻は一万を超える熱にも、深海の水圧にも強いんだぞ? 粉砕なんてありえない。無事だ」  「なんだよ、この嘘つき野郎が」  梓はそう毒づきながら目の前のパネルを見つめていた。パネルには先ほど話していたソーラー式探査機の映像が映し出されていた。探査機はゆっくりと三百六十度回転しながら下に降りていくが、だんだん光が届かなくなり、動きが鈍くなってきた。赤外線カメラで映し始め赤いフィルターがかかったようになる。だが、少しして完全に動きが止まってしまった。パネルの操作で無理矢理探査機のカメラの向きを下に向けてみる。まだまだ暗闇は広がっていて、さらに下まで続いているようだった。  「……ッチ。なんてこった、まだまだロボットの改良が必要ってわけか」  「そのようだね」  「畜生……ほかに人間はいないのか?」  「この研究所に何人か逃げ込んでいれば助かったかもね。保証はないけれど」  「実際に俺たちが生き残っちまってるから保証もくそもねえけど。仕方がないか、人手不足だ。人材探しにでも行こうか」  「人探し? まあいいけど、他の研究所にも行ってみる?」  「じゃあ俺はそうするから、ブラウンは外界を頼む」  「ええー!私だって研究所に」  「いいな?」  「……はぁーい」  梓は椅子に掛けてあった上着を手に取り颯爽と研究所を後にした。取り残されたチャーリーは頭を掻いた。  「……はぁ」  渋々、梓の言うことに従って外界へまた戻ることになった。  地下十三階から地上一階まで階段でしか行けなくなってしまったこの恨み、そして大切な何かを失ってしまった自分への恨みに腹を立てていた。階段を上るチャーリーの顔は途端に険しくなる。「大切な何か」というのは夢で出てきた天使に言われた言葉だった。  『お前は大切な何かを失っていることに気付いていない』天使がそう言っていた。  なんだよ大切な何かって。気づいていないって何がだ。何も思い出せない自分が腹立たしい。しかしそうしていても現状は何も変わらないので足早に地上へ上り詰めた。  腕時計を見やると、ちょうど昼過ぎ、もうすぐ一時を迎えようとしていた。毎日スーツで仕事をしたりするわけだが、さすがに暑い。しかし、まだ涼しい方だった。鋼鉄都市は電気都市とも言われるほどに電力に頼っていた。そのためあらゆる場所で熱せられた空気が都市全体に広がり気温をさらに上げていた。そのため鋼鉄都市が壊れてから、夏がとても涼しく感じた。もう少し時間が経てば、きっと自然現象もおさまり、夏ももっと涼しくなる――そう期待しておこう。  ズボンのポケットに手を突っ込み、また懐から煙草の箱を取り出し、自分で作った専用のライターで火をつけ、煙を吐いた。  「おいしいなあ……」  ピスタチオ色の肩にかかる長い髪が風にさらわれて靡いた。その瞬間、後ろで結わいていたアイビーグリーンのリボンがふわりと風に揺らいで飛んで行ってしまった。  「あっ……」  自分の高さでも、ジャンプした高さでも届かない高さを風に乗ってそれは飛んでいく。どこまで行くのだろう。このままリボンを追いかけていったら、奈落へ落ちてしまうかもしれない。ビル群はどんどん地面に侵食されている。そこに落ちたらひとたまりもないだろう。  すると、チャーリーが立っている高台の先に人影が見えた。人数は二人。二人とも子供のように見えた。チャーリーはもっとよく見ようとしてぎりぎりのところまで走った。  「!!」  人より目が良くてよかった。ずいぶん遠くの方にいるようだが、見えた。ビルの屋上を器用に瓦礫を避けながら進んでいる。  知っている。  自分は彼らのことを知っている。  だが、チャーリー自身には覚えはなかった。子供との接点は皆無に等しい。だがなぜだろう。自分の五感が悲鳴を上げるように、教えてくるのだ。  ――会わなければならない。  そう直感した。  ただ、下を見ると沈みかけているビルが二棟ある。二棟はそれぞれ高さが異なるのでジャンプしていけば行けるかもしれないが、命の保証はできないくらいには斜めに傾いている。行くしかない。  そう決心したところで、二つの人影はどこかに消えた。  「あ、……あれ?」  リボンもどこかへ行ってしまった。  まあ、良い。自分の命が一番大事だ。大切にしなければならない。だが、生きている人間がいるとわかった以上、会わなければならない。たとえ妨げられようが構わない。壁は乗り越えるものだ。自分はそうして生きてきた。この腐りきった社会から捨てられたから。  チャーリーはリボンを諦め、他の道を探した。     *  北方を進んでいくと、遠くの方から音が聞こえてきた。それと同時に何かがひらひらとこちらに向かって飛んできた。それをジャンプして取ってみた。  「なんだろう、これ」  高価そうな紐状のものが風に乗って飛んできたようだ。エリーザはそれを見て、「これ、リボン?」と聞いてきた。イザヤはリボンというものを見たことがなく、小首を傾げた。  「一般人は買えない代物だよ、これ」  「そうなんだ」  「うん、きれいな色してる……それに、髪の毛がついてるから、多分これで髪を結わいていたんだね」  エリーザはじろじろとリボンを見ながら推理していた。  「飛んできたってことは」とイザヤはリボンを空に掲げて、「ほかに人がいるってことだよね?」と言った。  「そうだね、いるのかもしれない」  「じゃあ会ってみよう。その人にこれ返してあげないと」  「分かった」  イザヤはリボンを自分のズボンのポケットにしまい、また妹と手を繋いでこの先に進むための道を探した。  まっすぐ進むとビル群の終わりを告げているように地面が隆起し、高さ的にも危ない状態だった。他に向こう側に繋がっている道を探していると、北東方面に瓦礫の山を伝って下まで行けそうな道があった。その瓦礫の山を下りると、普段交通量の多かったはずの道路に出た。車はあらゆる場所に吹き飛ばされているようで隆起した地面の上、背の低くなってしまったビルの屋上、崩れ倒されている陸橋の上などにあり、トラックの衝突した後なども見られ、とても惨い光景だった。ある場所では肉が焼けたような気持ち悪い臭いがした。陸橋の奥には高台があり、そこには地下都市に繋がる階段などがある。今どうなっているかは分からないが。  二人は高台へ上ることにした。  瓦礫を伝って陸橋の上に上がると、スーツ姿の男を見つけた。黄緑色の髪、黒いスーツを身に纏った男だった。  イザヤは息を呑んだ。目を覚ましてから一時間近く経った。その後の初めて会う人間が、見知らぬ男というのは少し不気味で怖かった。だが頼るしかない。二人は顔を見合わせ頷き合う。  「行こう」  「うん」  そう言って一歩進んだ瞬間、男はこちらに気付いた。  「……」  驚いた表情をしていた。  イザヤは咄嗟にポケットから先ほどのリボンを取り出し、妹の手を放して走った。  エリーザはイザヤの後を追うように走って行く。  「あの!」  イザヤは勇気を振り絞って声をかけた。  「なんだい……って、それ」  男はリボンに気付いて、それを指した。  「風で飛んできたんです、あなたのですか?」  「そうだよ。ああ、良かった。飛んで行ってしまったから走って追いかけたんだが、間に合わなくてね」  「そうでしたか」  エリーザがイザヤのもとに追いつき方を上下に動かし息を整えている。  「ごめん、エリ。先に走っちゃって」  「いいよ、仕方がないし」  「良い子たちだ。よければ一緒に人探しを手伝ってくれないかな? 突然で申し訳ない」  「いえ、良いですよ。ちょうど俺たちも人を探していたので」  イザヤがそういうと、男は微笑んだ。と同時にエリーザの脚に目がいった。  「君、怪我をしているのかい?」  「はい、切れてしまって」  「そうか、なら一度私の研究所に寄ろうか。血は止まっているようだけど、危ないからね」  そう言って踵を返し、階段の方へ向かって歩いて行ったので二人は大股で彼についていくことになった。  地下十三階に着いた。途中エリーザがバテてしまったので先ほどの男――チャーリーにおぶってもらった。  「あの、すみません」とエリーザが言う。  「いいんだよ、これくらい。それにしても君軽いね」  チャーリーは余裕そうな笑顔を見せた。  ネオンライトが輝く看板、その隣の鉄扉を開けて中へと入る。中はごちゃっとしていて足の踏み場もないほどに汚かった。これがゴミ屋敷か、などと暢気なことを思っていた。  書類などの山を抜けた奥の奥には隠れたような形で本棚が立ちふさがっていた。チャーリーは本棚の前で足を止め、エリーザを下ろさず、イザヤの方をちら、と見て  「この先は私の部屋だ。いつもはこうして本棚で見えていないんだが、こうすると」そう説明しながら本棚の中の一冊を少し傾けた。すると、本棚は中央で二つに分かれ、左右にゆっくりと動き出し、鉄扉が姿を現した。とんでもないカラクリに目を奪われた。  「すごいだろう? 私が作ったんだ」  何者なんだろう、すごい人だ。とそう思った。  中へ入るためにチャーリーは暗証番号を入力した後に指紋認証をし、カチャ、と音を立てて扉は開いた。  三人は中へ入り、チャーリーは自分のベッドにエリーザを寝かせ、仕事机に向かった。何かを探しているようで色々な引出しを探っていた。  チャーリーの部屋もまた先ほどと変わらないような見た目だった。だが先ほどの部屋よりは少しきれいに見える。ただ、壁にはとんでもない情報量の書類が貼ってあった。壁の四方、天井にもある。部屋にいて飽きないくらいに部屋は書類で満たされていた。他にもロボットがたくさん並んでいて、大きな箱が一つぽつんと置いてある。  「その箱はロボットを修復するときのものだよ」  こちらを見ずにチャーリーは言った。なぜ箱を見ているとわかったのだろう。  「あった、これこれ」  そういって取り出したのは、何かの機械のようだった。  「プレス機さ。これを傷口にプレスすると物の見事に傷口が閉じてきれいになる代物だ」  言いながらプレス機のボタンを押すと、下部から蒸気が噴射した。エリーザはその恐怖に身を震わせている。  「安心したまえ、これは人間用に作ったものだ。自分にも、あともう一人いるんだが、彼にもため……じゃない、使ったことがあるから問題ない」  試した、と言いかけていたような――それよりも自分で何でも作ってしまうというのはすごいなとただただ感心していた。元々イザヤはロボットを中心とした機械工学を独学で勉強していたからだ。彼に弟子入りしたいくらいには熱心に彼の機械の扱い裁きを見ていた。  エリーザはベッドの縁に座りなおし、チャーリーはエリーザの脚に巻かれていた布を取り、プレス機を押し当てた。そのまま操作で設定をした後にボタンを押し、蒸気を当てていく。イザヤは心配になり、「大丈夫?」と聞いた。  「大丈夫、意外と」  「よかった……」とイザヤは胸をなでおろした。  「これで大丈夫だ。傷口はふさがったよ」  傷口の一番深い部分がプレス機によって傷口がふさがれていた。きれいな肌に元通りになった。  「あとは包帯を巻いて終わり、ちょっと待っててね」  器用に机に向かう途中布をゴミ箱に投げ入れ、引き出しから包帯を取り出した。それをエリーザの脚に巻いていく。  「さっきの布は君のだよね?」とイザヤの方を向かずに聞いた。  「はい」  「君は怪我はしていないの?」  「一応、大丈夫ですけど」  「ならいいんだ。服は大切にした方がいい、肌を守ってくれるからね。妹さんの服は残念ながら用意はできないが、君のなら用意できるがどうする?」  包帯を巻き終え、立ち上がってイザヤの方を見つめた。  「じゃあ、お願いしてもいいですか?」  「うん、わかった」  笑顔でそう答え、クローゼットを開けて服を探し始めた。「これでいいかな?」と物の数秒で服を探し当てた。黒いズボンに白いシャツ、その上から鼠色のニットが被さっていた。  「はい、ありがとうございます!」  「隣の部屋で着替えてくるといい」と渡しながら言い、イザヤは受け取って先ほどの部屋へうつった。  それを見届けた後、チャーリーはエリーザに聞いた。  「君たちの名前は?」  「私はエリーザ・ネメシス。兄ちゃんは、イザヤ・ネメシス。これが証拠」  そう言って左耳の耳飾りをチャーリーに見せた。その瞬間、チャーリーの顔は一瞬だけ険しくなった。  「?」  エリーザは不思議そうに見た。  「あ、いや……何でもない。聞いたことがある名前だったから」  「そう、ですか?」  「だから何でもないんだ。そうか、ネメシス家か……。私も少しは聞いたことがある。ネメシス家の象徴、ロボット教が最も恐れているものだと」  「ロボット教? その話は知らないわ」  「そうか、聴かされていないんだね。その様子だと、本当に何も知らないみたいだ」  そう言ってエリーザの隣に座った。「え?」  「いいんだ。知らないなら知らないままが一番いい。子供が首を突っ込んでいいものではないよ」  チャーリーは何か知っているようだった。けれど、話す気はそもそもない様子で、エリーザに笑顔を向けた。笑顔でごまかしたのだ。  すると着替え終わったイザヤが部屋に戻ってきた。シャツはちょうど良いようだったが、ニットが大きいのか右肩が完全に出てしまっている。ズボンも少し緩いらしく地面に引きずっていた。  「よさそうだね」  「はい!ありがとうございました」  「いいよ、それくらい。それで、これからの話をしよう」  そう言ってチャーリーはイザヤの前に椅子を用意してやり、イザヤを座らせた。
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