第三章:エリア2-1

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第三章:エリア2-1

 イザヤが椅子に座ったのを確認してからチャーリーは話し始めた。  「この都市は荒れ果てている。人間が生きている可能性はほとんどないに等しいが、生きているとすればきっと隠れているはずだ。瓦礫の下や中、建物の残骸をすでに自分の家として住んでいる可能性もある。それらを中心に探すべきだろう」  「一番人がいそうな場所ってどこか分かりますか?」とイザヤは聞いた。  「そうだね、比較的裕福層の人間は金がすべてだからそれを守ろうとする習性がある。多分ほとんど生きていないだろうね。中層の人間、つまりは一般人だけど、一般人が住む鋼鉄都市中心部は人がいるかもしれないね。行ってみる価値はある。私が済む地下都市、下層の人間はほとんどいないに等しいよ。なぜならここが一番被害が大きいからさ。探してみるのもいいが、あまりお勧めはしないかな」  分かりやすく説明も交えて答えたチャーリーは立ち上がり、「さ、どこから行く?」と二人に聞いた。イザヤとエリーザは顔を見合わせ、イザヤが言った。  「じゃあ、とりあえずこの地下都市を見て回りませんか?」  「地下都市のことはどれくらい知っているかな?」と唐突にイザヤに聞き返した。「えっと……下層部の人のことはあまり、知らないです」  「そうか。下層の人間は貧乏でほとんど元から瓦礫だけで作ったような家に住んでいる。都市からの支援はほとんどないに等しく、自給自足だってままならない。私たち研究者はどちらかというと裕福層に当たるから、大丈夫だったんだけどね。地下都市に住む人間のほとんどは奴隷のような扱いだよ。働くことは、身を売る行為と同じさ。そして、地下都市というのは地上一階からずっと下に降りていけるわけだけど、どこまで続くと思う?」  「更に下が……?」  「ずっとあるよ。少なくとも、百はありそうだ」  「百っ!?」  「研究段階では何もわかっていないんだよ。私と同じ研究者がいるんだが、ともに研究していてね、彼が調べた結果、ソーラー式探査機を用いたんだが、途中で光が届かなくなってしまってね。地下三十階くらいから動かなくなってしまったが、ずっと暗闇は続いていることから、百階くらいはあるだろうという予測だよ。だが、ただの予測に過ぎないからわからないけどね。探すならこの階から地上一階までにした方がいい。」  「そ、そのようですね……」  「そうと決まれば、行こうか」  「あ、はい!」  先を行くチャーリーの背中を見て急いでイザヤは立ち上がった。「待って、兄ちゃん!」とエリーザも後を追った。     *  《マザー・ベースセッティング完了。主力番号:一、九、八、八、七、一。――ハッキングが完了しました。マスター名を入力してください。》  ゴーグルをつけなおし、瓦礫に囲まれた場所でコンピュータを操作していた。画面の中に器用にキーボードを操り、『Uriel_2121』と入力した。  《設定が完了しました。追加ダウンロードを行います。》  そう画面に表示されると、中央部分に数字が現れ、だんだん数が増えていく。  その待つ時間はとても長く感じ、男――ウリエルは足を震わせ、舌打ちをした。  「……ッチ、長ぇな」  すると、画面に《ダウンロードが完了しました。》と表示された。「やっとかよ」と言い、にやりと口角を上げた。また操作を再開し、隠し持っていた溶けかけた棒付きの飴を(くわ)えた。  操作を終えると、両手を空に伸ばして伸びをした。  「あー、疲れた。これで多少は大丈夫かな」  フードを取り、ゴーグルを頭につけなおした。コンピュータはまだ動きを続けている。それをウリエルは抱きかかえ、そこから立ち去った。  向かった場所は、コンクリートが割れて凸凹になってしまった道路だった。そこにはボロボロになったトラックが一台止まっていた。その中へ入り、運転席に座った。ハンドルに足をかけ、コンピュータをまた操作し始めた。操作を終えると座りなおし、コンピュータをダッシュボードの上に置いた。ポケットからコードを取り出し、センターパネルを取り外してそこにコードを繋ぎ、コンピュータにその先端を差してまた操作をする。次にトラックの電源を入れた。すると電気エンジンがかかり、ダッシュボードからひとりでに操作パネルが取れて、ウリエルはそれを操作して行き先を入力した。その行先までの経路が地図として表示され、トラックはそれ通りに動き出した。  ゆっくりと安全運転で動き、行き止まりを感知する度に経路を変更していった。そうしてやっと辿り着くことができた。地下都市の入り口前だ。そこでトラックは止まり、ウリエルは電源を落とし、トラックから出た。  ポケットに手を突っ込み、階段を下りて行った。     *  地下十三階から地上一階までを隅々まで探索したが、一人も人間なんていなかった。地上一階に着き、「やはりか……」とチャーリーは言った。  その時だった。  「なんだ、あんたら」  聞いた事が無い男の声が聞こえた。正面からその男はやってきて、ノースリーブの黒いパーカーを着ていて、棒付きの飴を舐めている。  「そちらこそ誰だい?」とチャーリーは言う。「俺はウリエル。ハッカーだ」とその男――ウリエルは正直に答えた。  「そうか、私は科学者のチャーリー・ブラウンだ。よろしく」とウリエルに握手を促すも、ウリエルはその手を振り払った。  「仲良くするつもりはない。で? その子供は何?」  威圧的な態度でイザヤ達を見下した。  「俺は、イザヤ・ネメシスで」  「私はエリーザ・ネメシス」  自己紹介をすると、ウリエルはその名前を聞いて目を細めた。「ネメシスだと?」  「え?」  「あの反神教一家の子供か、まさか神に選ばれたんじゃ無いだろうに。何で生き残っていやがる」  「そんな事を言うもんじゃないよウリエル、確かに反神教一家だが、この街のヒーローかもしれないよ?」  「ヒーローは神に選ばれし子供だけで十分だ。俺はその一人だ」  「それはどうかな、分からないよ?」  「うるせぇよ、おっさん!! 俺は仲良しこよしするために人探しをしている訳じゃあねえ。手伝え、いや、俺の命令に従え。そうすれば害は与えない」  「害、ねぇ。阿呆らしい。しかしこの状況下だ、助け合わなければいずれ死ぬ。協力しよう」  「ッチ、まあいいだろう。俺の目的は、この都市の全電子機器のハッキングだ。コンピュータや電子液晶パネル、ライトもだ。コンピュータ一つあればハッキング可能だから、それを見つけてほしい。報酬はトラック一台だ」  「トラックがあるのか?」  「あるぜ。それで俺はここまで来たからな。俺がコンピュータで乗っ取って動かしたんだ。それくらいの実力はある」  それほどの腕があれば、きっと不可能だと思われる事が可能になるかもしれない。そうチャーリーは直感し、「わかった」と言った。  「私の研究所に電子液晶パネルがある。コンピュータもあるからそれからハッキングすればいい」  「電気が生きているのか?」  「ああ、私の研究所だけ明かりがついているんだ。全て自給自足で補っていた結果さ」  「へぇ、やるねぇ。分かった。移動しよう、案内してくれ」  そう言って二人は地下十三階へと足を進めた。置いてかれまいとネメシス兄弟も後を追う。「畜生、どこまで下りるんだ?」  「地下十三階にあるんだよ。大変だが、我慢してくれ」  「ッチ、だから全電子化は反対だったんだよ……」  「仕方が無いだろう、高齢者は楽な方を選んでしまうからね。若人が都市開発に協力していればよかったのに」  「今更そんな事言ったって変わらねえって」  「そうだね」  鋼鉄都市は元々はそこまで発展していなかった。  交通機関や連絡手段に電子機器が多様化される事は予想されていたが、九割が電子機器化される事は誰も予想していなかった事だった。しかし意外にも反発はほとんどなく、一部の職業に就いている人々からの小規模な反発はあるにしろ、八割の人々は賛成し、ロボットの導入、交通機関の電子化、連絡手段の発達・向上により、今の鋼鉄都市が出来上がった。その為自然界への影響が著しく悪化し、一部の神教の信者から「神の怒りを買った」と恐れていた。その恐れていた事態が起こってしまい、鋼鉄都市は完全に崩壊し、人々は散り散りになってしまった。  地下十三階、ブラウン研究所前に着き、中へと入ると、「邪魔くさ!なんだよこのゴミ屋敷!」とウリエルは毒づいた。  「ごめんよ、我慢してくれ」そう言いながらチャーリーは奥へ進んで行き、ウリエルに電子液晶パネルを指した。  「これか。へぇ、ちゃんと動いてる……これ、インターネットに接続できるのか?」  「これからならできるよ」  そう言って並んだパネルの中から一つを手に取り、ウリエルに渡した。  「ふーん」  ウリエルは椅子に座り、脚を組んでパネルを慣れた手つきで操作し始めた。その間、チャーリーはネメシス兄弟とともに隣の部屋へ移動し、またベッドの縁と椅子に座って、チャーリーが話し始めた。  「ウリエルと会った時、ネメシス家について話していたのは聞いていたかい?」  「はい、全く分からなかったけど……」  「うん。それについて一応話しておこうか。ネメシス家と言うのは大昔、豪族と呼ばれる位の高い一族だったんだ。ある地域を治めていたんだが、ネメシス家、――否、ネメシス一族は一族特有の宗教的観念を持っていて、君たちみたいな幼い子供ほど、強い力を持っていると信じられている。その耳につけている耳飾りがその力を左右させるらしい。つまりは力を使うための道具だ。それが代々一族間で受け継がれていて、今に至る。詳しい事は分からないが、元々豪族だったことが由来で多くの人々から恐れられていた存在だった。その中でも特に、『ロボット教』や『神教』はネメシス一族を恐れている。そもそも宗教と言うは対象のものを崇拝して成り立つものだが、ネメシス家は崇拝している物が無いのにもかかわらず、権力や特有の『力』を持っていた事から酷く恐れられていたのが今にも続いていると言う事だ」  「その力と言うのは、何なんですか?」  「具体的に何とは言い切れない何かだよ。奇跡のような物では無いかな? 概念そのものとも言えるが。だから、何か判らないからこそ恐れられているのさ」  「そうなんですか……」  イザヤはその事実を聞いて俯いた。エリーザが代わりに聞く。「じゃあ、どうして誰も教えてくれなかったんでしょうか?」  「うーん、それは分からないな。両親なりの配慮じゃないかな」  「配慮……」  「君たちは小さい頃虐められたりした?」  「私は、されてたけど、兄ちゃんがよく助けてくれた」  「なんて言われた事がある?」  「言われた事は、ない……と思う」  「そうか、なら良いんだ」  イザヤは頭を抱えている。たくさんの疑問によって脳がパンクしかけている様子だった。  エリーザはふと思い出した。  最初に目覚めたあのビルで見た光景。  耳飾りがエメラルド色に輝き、声を発した事を。それを、チャーリーに話そうか迷った。エリーザはチャーリーの方を見て口を開こうと躊躇った。  「うん? どうした、エリーザ?」  「え、……ううん。やっぱり、何でもない」  兄であるイザヤにも話していない事を、ここで暴露する事に躊躇いがあった。  その躊躇に対し、チャーリーは何か勘付き、優しくイザヤとエリーザに対して声をかけた。  「何かあったんだろう? 二人とも」  二人は驚き、はっとして顔をあげた。  チャーリーはにこりと微笑む。  「分かるよ、躊躇う気持ちは。私にも隠し事はあるしね。話してくれないか? 何かあるんだろう?」  そう言うと、イザヤが先に口を開いた。  「……あの、信じてもらえるか分からないんですけど」と前置きをすると、チャーリーが、「この期に及んで? 大丈夫だよ、君たちの事は信用している。子供が嘘を吐くとは思えない」と言った。それを聞いてイザヤは安心して話し始めた。  「最初、俺たちが目を覚ましたビルで、水分補給をしようと思ってエリーザは屋上で待って、俺だけ水場を探しに行ったんです。屋上から下に降りて行って、最初に目覚めた場所から下に降りたところにその水場がありました。そこでとりあえず俺だけ水を飲もうと飲んで、エリーザに場所を教えに行こうと思って瓦礫を登ろうとした時、何かが俺の後ろにやってきた音がしたんです」  「音がした?」  「はい、音が近づいてくるのは分かるのにその音の正体が分からなかったんです」  「へぇ、続けて」  「それで、振り返っても何も無かったから、もやもやしながら瓦礫を登ろうとしたときに、声が聞こえました」  「なんて言っていた?」  「その声は、耳元で聞こえたかと思ったんですけど、頭の中に響いてくるような感じでした。その声は、最初は俺に『貴様は何者だ』と聞いてきました。躊躇いつつも名前を言うと、その声は、『嗚呼、知っている。俺は知っている、貴様をあそこで――殺した』と」  「『貴様をあそこで殺した』?どういうことだ? まさか、――いや、そんなことが……」  「何ですか?」とエリーザは聞いた。  「……私にも隠し事があると言ったね。その一つを教えよう。私の夢に、一人の天使が現れた。その天使は、『お前は大切な何かを失っていることに気付いていない』と私にそう言ったんだ。それを思い出してからずっと考えていたことがある。私には、前世があるんだと」  「その前世が、兄ちゃんの話と関係があるんですか?」  「その前世で、イザヤくんはその声の主に殺されたんじゃないかと思うんだ。そう言う事では無いかな?」  「でも、正体不明の何かに殺されたって事になりますけど」  「正体は分からない、だが、きっといつか見える日が来るんじゃないかな。私もきっと前世を思い出したとき、またあの天使が現れるのだと思っているんだ」  「じゃあ、兄ちゃんも……もしかして、私も」  「そうだろうね。さて、君はどうだい?」  「私の話、ですか?」  「うん、聞かせて」  「私は、その、兄ちゃんが水場を探している時、屋上で待っていた時の話です。兄ちゃんは周りが見えなくなる時があるから、怪我をしても気づかない時が多くて、だから私は、兄ちゃんが怪我をしませんようにって念じていたんです。子の耳飾りを握って。そうしたら、私の周りに黄緑色の光線みたいなのが現れて、その時に声も聞こえたんです。『優しいんだね、君はいつも』と言っていました。光が声に合わせて点滅していて、光が喋っているような感じで、続けて、『私はいつも見ているよ、君の過去とその前も』そう言っていました」  「やはり、そうかもしれない」  チャーリーはどこか一点を見つめてそう言った。  「前世の事ですか?」とイザヤは聞いた。  「ああ。『君の過去とその前』ということは、君の前世とその前の人生から『見ていた』人物と言う事になる。だが、その声と言うのは」  「光の点滅が終わった時に分かったんですが、光の正体は耳飾りからでした」  「なら、その耳飾りに何かが宿っているという可能性があるね。物には魂が宿ると古来から伝わる話があるからね」  「じゃあ、死んだ人間がこの耳飾りに?」  「そうかもね。ないとは言い切れない」  「そんな可能性があると言う事ですか?」  「そうだね。これは神教信者からすれば、天使や神のお告げだと騒ぐだろうが、残念ながらこの場には神教信者はいなかったみたいだ。私はどちらかと言えばロボット教側だからね」  「信じていないんですか?」  「信じざるを得なくなってきたけど、元々信じていないよ」  「そうですか……」  「何はともあれ、この話はここでおしまいにしよう。またあとで話そう。いつか耳飾りの正体が、不思議な現象の正体が分かる時が来るかもしれないから」  「はい!」イザヤはさっと椅子から立ち上がった。エリーザもそれに合わせ、ゆっくりとベッドから立ち上がった。  「うん。ウリエルの状況を確認しようか、ウリエル!調子はどうだい?」  チャーリーは扉を開けながら言った。  「うっさいなぁ、おっさん」  「おっさんじゃない!ブラウンだ!」  「はいはい分かったよ。調子はそこそこだよ、まだ解析中さ。そんなすぐできるわけないだろ」  「それもそうだね」  「ただ、あんたらの話聞かせてもらったぜ。面白い話してたね」  「面白いか?」  「面白いさ。俺は神教信者だ、神に選ばれし子供だと信じていた程な。生まれつき運が良くてね。と言いつつ何度も死にかけたんだが。でも、一つ言っておくことがある。俺には前世の記憶があるんだ」  ウリエルのその一言に場は凍り付いた。  「前世の記憶があるのか?」  チャーリーはウリエルに聞いた。  「あるよ、元々な、俺は天使だったみたいだ」
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