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この信号機を直進すれば自宅の方向。右折すれば課長の家がある方角。
ご両親は農業がしたくて田舎に引っ越し、実家に一人暮らしだって一度耳にしたことがある。
ー今日の事をすべて忘れ、真っ直ぐ家に帰るか・・・明日から今まで通り上司と部下の関係を続けるか・・・それとも、俺のうちに”恋人”として来るか・・・朔也が決めたらいいー
路肩に停車し、ハザードランプを点滅させ、僕の出す答えをただ静かに待つ課長と晋哉。
そういえば、大学に進学したのも、ワタライに入社したのも、晋哉がいたからだ。
父子家庭で育ち、学費が払えないからと躊躇していた僕に、強く進学することを勧めてくれた彼。奨学金を貰うため、寝る暇を惜しんで勉強に付き合ってくれた。
入社してからも、おっちょこちょいで、ミスばかりして、辞めようかと悩んでいた僕を叱咤激励してくれたのも晋哉だ。
この前も、業者さんに発注するのを忘れて、納期が間に合わなくて、顧客に迷惑を掛けた時も、課長と晋哉が代わりに謝りに行ってくれた。
尻拭いばかりさせる部下などとうの昔に首をきってもおかしくないのに。
なんだかんだといって二人がいつも側にいてくれたーー支えてくれた。
彼らを愛することで恩返しが出来るなら・・・こんな、なんの取り柄もない僕を心底、愛してくれるんだから・・・
「課長のセクハラ行為にもれっきとした理由があるんだよ朔也。好きな子に振り向いて欲しいから、イタズラしていたんだよ」
暗い車内。お互いの表情など分かるはずもないのに、晋哉に言われ、課長の顔と、ミラー越しに彼の顔を交互に見詰めると、熱い眼差しで見詰め返された。
その瞬間、体の奥がズキっと甘く疼いて、堪え性のない僕のがムクムクと蠢いた。
「・・・こう・・・すけ・・・さんの、うちに連れていって・・・下さい・・・」
俯いて今にも消えそうな小声で呟いた。
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