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寝耳に水
カシャッ
「は?」
聞き覚えのある音に驚くと、勝手にカメラアプリが起動し、インカメラで私の顔が撮影されていた。起きたてで完全なる不意打ちだったわ。
――こちらの写真を顔写真として登録します。よろしいですか?
「な、なにこれ」
いきなり出てきたポップアップに焦る。
もしかして変なウイルスにでも感染してしまったのだろうか。
とりあえず『いいえ』ボタンをタップしてみると、そこに現れたアプリの名前は――。
『スクールマッチングアプリ~恋活支援~』
「……は?」
晩婚化。初婚年齢平均が夫31.1歳、妻29.4歳という昨今。
ネット、スマホの普及で娯楽の増加により、恋愛意欲の低い若者がそのまま歳を重ねていくことを危惧した政府が『婚活前倒しちゃえばいいよね、アプリとか若い子得意でしょ?いいじゃーん!(要約)』みたいなノリで打ち出した政令である。
マッチングアプリといっても婚約相手を探せという程ではなく、とりあえず青春時代に恋愛を楽しんでもらうことが重要らしい。ほんと大きなお世話だな。
そんな国を挙げての婚活は、まずお試しで都内のいくつかの高校に試験的に導入。
対象校に私、萩原渚の通う三峯高校が選ばれてしまったらしい。う、嬉しくない。
アプリ内の概要に一通り目を通し、とりあえず朝食をとろうと階下のリビングへ向かうと、ニュースで事情を把握した両親と弟が三者三様な顔でこちらに視線をよこした。
「渚!これあんたの通ってる高校よね?やだー恋活なんて、お母さん心の準備が……!」
「姉貴スマホ見してよ、もうメッセとかやりとりしてんの?」
「母さんも翔も落ち着きなさい。ま、まだ今日発表されたばかりだろう」
いろいろ言いつつ、ようやく来るかもしれない一人娘の色恋騒ぎにみんな、生温い微笑が隠せてないんだよなぁ……。
家族の質問攻めをなんとかやり過ごし、登校した学校には何とも言えぬ雰囲気がただよっていた。
今朝急によくわからないアプリがスマホに搭載された上、思春期真っ只中の私たちには一番デリケートな問題である「恋愛」関連。そりゃ、気まずいことこの上ない。
「渚!」
「あ、亜衣ーー!!」
教室で見知った顔を見てようやくほっとする。
丹野亜衣は高校に入ってからできた、私の親友だ。
「ねぇ聞いた?アプリの話!」
「聞いた聞いた。もう朝から親と弟が興味津々で、滅茶苦茶大変だったよ……」
「私もたぁくんからどういうことだ!って連絡来てさー、そんなのこっちが聞きたいっつーの」
たぁくんとは亜衣の彼氏だ。中学から付き合っていて、喧嘩もするらしいけどおおむね仲良くやっている印象で微笑ましい。他校に通う彼にはまさに寝耳に水だろう。彼女大事さから連絡したんだろうな、と思うと結局のろけか!と突っ込みたくなる。
意外なことに朝のホームルームでもこの恋活政令の話はさらっとした説明で終わり、後は各々アプリ内の説明を見てくれという程度だった。
そのあとからは至極普通に始まった授業に、たぶん私以外のクラスメイトも拍子抜けしたと思う。
妙に落ち着かないまま受ける授業の内容は、まったくと言っていいほど頭に入ってこなくて。思っていた以上に動揺しているんだな、と苦笑した。
とりあえず、昼休みに亜衣と一緒にアプリの仕様をよく見てみることにしよう。
そう決心し、私はようやく授業に向き合うのだった。
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