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経験者曰く
ようやく夏の暑さを思い出したような水曜日の夜。わたしは幼なじみの真由美と行き付けの居酒屋寧々に繰り出した。
炉端で焼かれる魚の香ばしい匂いと、それを運ぶ炭火の煙を白木のカウンターで浴びながら、ビールジョッキを片手にあれやこれやと話に花を咲かせる。
十八時半だというのに店内は満席に近い。エアコンに対抗する熱気の店内は、ドリンクや料理のオーダーをする声とお客の会話が混ざりあい、それに負けないようにわたし達の声も必然と大きくなっていく。
「最近良幸君とはどうなの?」
毎度お約束のように訊かれる現状確認。ありがたくもあり、この後の展開も読めるので少し煩わしくもあり。
「どうって。別に変わりないよ」
わたしの素っ気ない返答に真由美は待ってましたとばかりに食いつく。
「それ! それが一番危ないから!」
水滴が垂れるジョッキを強めにカウンターに置き、ショートボブの髪の隙間から横目できつい視線を投げてくる。そしてゆっくりとわたしに顔を向けると、すでに少し充血している両眼で改めて見据える。
もう色の落ちた薄い唇を勢い良く開き、真由美はとうとうと語り始める。
「わたしもね、そんな怠惰に日常を過ごしてたわけよ。日々過ぎてく中で、ちょっとした変化にも気がつかなくてね。まあ、それはお互い様だったんだけどね。でもね、気がついた時点じゃあ、遅かったのよ」
わたしは最近の真由美の語り癖に少し辟易していた。去年の暮れに離婚して辛いだろうから、最初のうちは気が晴れるならばとその語りに耳を傾けてはいたが、だんだん話が自分と良幸の関係にまで踏み込んでくるようになると煩わしくも感じ始めた。酒が入るとそれが顕著になり、心配してくれているのは分かるけど、真摯には聞けなくなっていた。
黙って手持ち無沙汰にジョッキを眺めるわたしを無視して、真由美の語りは止まらない。
「好きで結婚したんだから、多少の嫌いなところなんて気にならなかった。でもね、ある時からほんの些細な嫌いが目に付き始めたのよ。もうね、それが気になりだしたらどんなに好きなところがあっても許せなくなってね。そしたら、どうなると思う?」
曖昧に聞き流していたわたしは真由美に顔を向けて、さっきよりも充血した目を見ながら「さあ」と短く一言返す。
「あのね、無関心になるのよ。相手が何やったって気にならなくなるの。好きも嫌いもないのよ。虚無よ、虚無」
そう言って真由美はジョッキを威勢良く煽り、「大将、生一つ!」と声を張り上げた。
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