439人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
「うあっ!」
「なんだてめえっ!」
逃げる相田の背後から、怒声とともに派手な破壊音が響いた。
相田は足を止め振り返る。
きつね色の、ちょっと長めの髪が目に入った。
ふわりとその髪がなびくのを見た相田は、そいつの足元で呻いている、他校の生徒に同情した。
そして、自分の不運に嘆いた。
「あ~いだ先輩」
そいつがニヤリと自分を見たので、相田は、…逃げた。
力の限り逃げた。
先程より本気で逃げた。
己れの限界を無視する勢いで、逃げた。
しかし。相田の健闘虚しく、やはりそいつに捕まってしまった。
「なあに逃げちゃってくれてんすか相田先輩」
逃げ込んだ小さな公園で、相田は泣きたくなった。
「そんな恐い顔されても、おれビビんないすから」
「…タスカリマシタ。アリガトウゴザイマシタ」
「…なんすかそれ」
視線をずらしてカタコトで礼を言う相田に、そいつ、清水は眉を上げてひきつった笑みを浮かべた。
清水は相田の後輩で、相田は清水が喧嘩大好き人間だと知っている。
何故なら、清水は入学してきたとたんに、相田に喧嘩をふっかけてきたから。
「先輩さあ、なんすかさっきの。何逃げちゃってくれてんすか?」
相田は空を仰いで、もう陽が沈んでいるのに気付いて驚いた。
「そんなだから、他校のヤツらが調子乗るんすよ?」
自分はどれくらい逃げてたのだろうか。
「聞いてないっすね先輩…」
いきなり殴りかかられ、今日二度目のパンチを顔面に受けた。
「ってぇなあ…何すんだ清水っ!」
いい加減ムカついたので、殴り返そうとして、止めた。
清水が、ニヤリと嬉しそうに笑ったからだ。
「ムリだ。今日はムリ。俺落ち込んでんだ。帰るわ」
「だあめっすよ!」
清水の連続して繰り出される攻撃に、相田は思った。
こいつ、元気だよなあ。
暢気に考えてたら、ついうっかり、清水を殴り飛ばしてしまった相田。
清水はふいに反撃されて、見事に吹っ飛んだ。
「ってえ…」
しかし清水は立ち上がって、口許を腕で拭って嬉しそうに笑う。
清水、お前本当に喧嘩好きだよな。
相田はため息を吐きだし、清水が満足するまで喧嘩に付き合うことにした。
「ん~! 今日も楽しかったっすね!」
公園で寝転がり、息を乱しながら二人で空を見上げる。
空には星が光っていて、隣で満足げに伸びをしている清水が、ちょっとだけうらやましいと思う相田。
喧嘩大好き人間の清水は、きっと悩みなんかないんだろうな…。
「さ、てと!先輩帰りますかあ!」
よ、っと立ち上がった清水の手を取り、相田も立ち上がる。
「あ、先輩さあ~」
立ち上がった相田に、清水は手を放さないまま聞いた。
「なんで落ち込んでるんすか?」
相田は驚いた。
いきなりそんな質問をされるとは思わなかったので、思わず笑った。
「なんでもねえよ」
運動したせいか、笑ったせいか。ちょっと気分が上がった相田は、清水の手を放してニヤリと笑ってみた。
「帰るぞ」
相田は清水に言い捨てて、歩き出した。
「はいはい。明日はパシりますからねえ」
清水は、喧嘩の翌日は必ず、昼飯を買って来てくれる。
清水は変な奴だ。相田は笑いながら思った。
最初のコメントを投稿しよう!