逃げる

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「うあっ!」 「なんだてめえっ!」 逃げる相田の背後から、怒声とともに派手な破壊音が響いた。 相田は足を止め振り返る。 きつね色の、ちょっと長めの髪が目に入った。 ふわりとその髪がなびくのを見た相田は、そいつの足元で呻いている、他校の生徒に同情した。 そして、自分の不運に嘆いた。 「あ~いだ先輩」 そいつがニヤリと自分を見たので、相田は、…逃げた。 力の限り逃げた。 先程より本気で逃げた。 己れの限界を無視する勢いで、逃げた。 しかし。相田の健闘虚しく、やはりそいつに捕まってしまった。 「なあに逃げちゃってくれてんすか相田先輩」 逃げ込んだ小さな公園で、相田は泣きたくなった。 「そんな恐い顔されても、おれビビんないすから」 「…タスカリマシタ。アリガトウゴザイマシタ」 「…なんすかそれ」 視線をずらしてカタコトで礼を言う相田に、そいつ、清水は眉を上げてひきつった笑みを浮かべた。 清水は相田の後輩で、相田は清水が喧嘩大好き人間だと知っている。 何故なら、清水は入学してきたとたんに、相田に喧嘩をふっかけてきたから。 「先輩さあ、なんすかさっきの。何逃げちゃってくれてんすか?」 相田は空を仰いで、もう陽が沈んでいるのに気付いて驚いた。 「そんなだから、他校のヤツらが調子乗るんすよ?」 自分はどれくらい逃げてたのだろうか。 「聞いてないっすね先輩…」 いきなり殴りかかられ、今日二度目のパンチを顔面に受けた。 「ってぇなあ…何すんだ清水っ!」 いい加減ムカついたので、殴り返そうとして、止めた。 清水が、ニヤリと嬉しそうに笑ったからだ。 「ムリだ。今日はムリ。俺落ち込んでんだ。帰るわ」 「だあめっすよ!」 清水の連続して繰り出される攻撃に、相田は思った。 こいつ、元気だよなあ。 暢気に考えてたら、ついうっかり、清水を殴り飛ばしてしまった相田。 清水はふいに反撃されて、見事に吹っ飛んだ。 「ってえ…」 しかし清水は立ち上がって、口許を腕で拭って嬉しそうに笑う。 清水、お前本当に喧嘩好きだよな。 相田はため息を吐きだし、清水が満足するまで喧嘩に付き合うことにした。 「ん~! 今日も楽しかったっすね!」 公園で寝転がり、息を乱しながら二人で空を見上げる。 空には星が光っていて、隣で満足げに伸びをしている清水が、ちょっとだけうらやましいと思う相田。 喧嘩大好き人間の清水は、きっと悩みなんかないんだろうな…。 「さ、てと!先輩帰りますかあ!」 よ、っと立ち上がった清水の手を取り、相田も立ち上がる。 「あ、先輩さあ~」 立ち上がった相田に、清水は手を放さないまま聞いた。 「なんで落ち込んでるんすか?」 相田は驚いた。 いきなりそんな質問をされるとは思わなかったので、思わず笑った。 「なんでもねえよ」 運動したせいか、笑ったせいか。ちょっと気分が上がった相田は、清水の手を放してニヤリと笑ってみた。 「帰るぞ」 相田は清水に言い捨てて、歩き出した。 「はいはい。明日はパシりますからねえ」 清水は、喧嘩の翌日は必ず、昼飯を買って来てくれる。 清水は変な奴だ。相田は笑いながら思った。
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