《中野くんって、もったいないよね》

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「ねえ、恭子さん。俺って、もったいないことしてるかな」  買い物を終えた俺と恭子さんは、近くのカフェで一休みすることにした。注文した飲み物とケーキが運ばれてきたところで唐突に話を切り出してみたけれど、彼女は不思議そうに首を傾げる。 「……食べないの? ケーキ」 「あ、いや、そういうことじゃなくて。ごめん、訳分かんないよね」  いきなりおかしなことを聞いたせいか、彼女は訳が分からないといった様子でさらに首を傾げた。  ちゃんと食べるよ、と笑ってフルーツケーキにフォークを刺す。それを一口頬張ってから、俺は先ほど思い出してしまった苦い記憶を掻い摘んで話すことにした。 「……とまあ、大学生の時に『もったいないことしてる』って言われたの、ふと思い出しちゃって。恭子さんならなんて言うかなって気になっただけ」  話し終えると、彼女は「そっかぁ」と一言だけ呟いて、俺と同じようにケーキを口に運んだ。それをもぐもぐと咀嚼している様子をじっと見つめていると、少ししてから彼女が口を開く。 「どちらかと言えば、逆じゃない?」 「……え?」 「私はその女の子たちと違って、"杏子ちゃん"と先に会ったからそう思うだけなのかもしれないけど。"杏子ちゃん"でもあるし"杏介くん"でもあるってことは、むしろお得なんじゃない? 一粒で二度おいしい、みたいな」  お得って言い方は変かな、なんて恭子さんは笑っている。予想もしなかったその答えに、俺はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。  もったいないんじゃなくて、むしろお得。  彼女のその答えを頭の中で何度も反芻しているうちに、なんだか可笑しくなって俺は思わず吹き出した。 「え、そんなにおかしい!? ごめん、気ぃ悪くした?」 「ううん、全然。むしろ逆だよ。なんか、すっごい嬉しくて」 「そう……?」 「うん。やっぱ俺、恭子さんのこと大好きだわ」  出会えてよかった、なんてクサい台詞を吐くと、彼女は面白いくらい頬を赤く染めた。  ついでに「恭子さんは俺の女神だよ」なんて言ったら、彼女はもっと顔を赤くするだろうか。それとも、「変なこと言わないで」と笑い飛ばすだろうか。  そんなことを考えながら、一旦フォークを置いてひとまわり小さい彼女の手を両手でぎゅっと握りしめる。この子は、やっと見つけた極上の獲物なのだ。何があっても逃がさないと、強く心に決めた。
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