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「……帰ろっか。もう暗くなっちゃったし、早く出ないと」
杏介くんは慰めるかのように私の手の甲を撫でてから、もう一度シートベルトを締めようと手を伸ばす。
でも、私はまだ気持ちを切り替えることができなくて、縋るようにそんな彼の手を掴んだ。
「……もう一回、キスしたい」
「え。いいけど……」
ちょっと驚いたように目を見張る杏介くんに構わず、私は身を乗り出して彼の唇に口づけた。
普段はあまり自分から積極的にこういうことはしないから、加減が分からずに互いの歯と歯ががつんと音を立ててぶつかってしまう。それでも口づけをやめたくなくて、彼のシャツの袖を掴んだまま続けていると、そのうち杏介くんも助手席側に身を乗り出して私の後頭部をそっと手で支えてくれた。
「ん、んっ……!」
「……恭子さん、どうしたの? そんなに必死にならなくても大丈夫だよ」
優しく諭すように囁きながら、杏介くんが角度を変えてもう一度口づけてくれる。そのうち、どちらからともなく舌を絡ませあって、長く深いキスに没頭していく。ここが車の中だということも忘れてしまうくらい、私は彼とのキスに夢中になっていた。
「はぁ……、恭子さん、この辺でやめとこっか」
「んっ、やだ……もっと、したい」
「……珍しいね。応えてあげたいのは山々なんだけど、これ以上すると止まれなくなっちゃうよ?」
──こんなところで、いいの?
妖しげな笑みを浮かべながら、杏介くんは試すような問いを投げかけた。
その言葉にはっとして、そこでようやくここが車内だということを思い出す。思わず頬が熱くなったけれど、今さら恥ずかしがったところでもう遅い。
「このまま、続ける?」
すぐにその言葉の意味を察して、慌てて首を横に振る。他に駐車場に停まっている車は無いとはいえ、こんなところでなんて無理だ。
でも、本心としては今すぐにでも杏介くんの胸に縋って泣き出したい気分だった。そして、その後にはいつものようにこの身が溶けてしまいそうなほど深く愛してほしい。
そんな私のわがままを、杏介くんは言わずとも受け入れてくれるつもりのようだった。
「家に着くまで、あと二時間はかかるけど……我慢、できないよね」
「っ……!」
「どっか、泊まるとこ探そっか? 恭子さん」
押し黙ったまま私がこくりと頷くと、杏介くんは再び車のエンジンをかけた。
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