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そして、五分ほど歩いた先にお目当てのお店はあった。人気すぎて順番待ちの列ができる日もあるらしいが、今日は運良く空いていたようで、愛想の良い店員さんが通りに面した窓際のテーブル席に案内してくれた。
「恭子さん、何にする?」
「えーっ、どうしよっかな。あ、クリームソーダってこれね! ほんとだ、いろんな色がある!」
「可愛いよねぇ。あたしは赤いのにしよっかなぁ」
「じゃあ私は青いのにしようっと! うわー、パンケーキもおいしそう……でも、全部は食べきれないよね」
「それなら、半分こしようよ」
「あっ、いいね! そうしよう!」
店員さんに注文を伝えてから、杏介くんはなぜか嬉しそうに私の顔をじっと見つめてくる。何かと思って首を傾げると、彼はちょっとはにかんだような笑顔を見せた。
「なんかね、幸せだなぁと思って。前もこうやって買い物したりお茶したりしてたけど、別れるときが寂しかったから」
「あー……確かに、そうだね」
「でも今は、同じ家に帰れるんだもん。だから嬉しくて」
"杏子ちゃん"も"杏介くん"も同一人物なのだと分かってはいるが、やっぱり"杏子ちゃん"の時の彼はこちらが照れてしまいそうなくらい可愛らしく見える。それは服装やメイクが違うせいでもあるけれど、彼の仕草が楚々として女性らしいからこそ余計にそう思えるのだろう。
「……杏子ちゃんって、ほんとに可愛いなぁ」
「え。どうしたの、急に」
「なんか、見惚れちゃったっていうか、見直したというか。私も見習わなきゃなって」
「ふふっ、なにそれ。恭子さんは今のままで十分可愛いし、綺麗だよ」
その言葉にまた照れてしまって、私は上手い返しもできずにもごもごと口ごもった。
そうこうしているうちにアイスクリームとチェリーの乗ったブルーキュラソーのクリームソーダが運ばれてきて、今度はその美しさに目を瞠る。
「すごいっ、きれい!」
「ほんとだね。あ、あたしのも来た」
杏介くんが頼んだのは赤いチェリーライムのクリームソーダで、そちらも炭酸の細かな泡が照明に照らされきらきらと輝いて見えた。これはSNSをやっていなくても写真に残したくなる気持ちが分かる。
私たちもとりあえずスマホで二、三枚写真を撮ってから、グラスをそっと自分の方に寄せる。そして二人同時にストローですすると、どこか懐かしい甘酸っぱさが口に広がった。
「おいしい!」
「うん、おいしいね。ほら、パンケーキも来たしあったかいうちに食べようよ。適当に切っちゃっていい?」
「うん、お願い!」
思う存分買い物をして、おいしいものを食べる。それだけでも十分幸せだが、好きな人と一緒ならその幸せは何倍にも膨れ上がる。私もデートの後、彼と離れるときは名残惜しくてたまらなかったけれど、これからはその寂しさも感じなくていいのだ。
「幸せだねぇ」
「ほんと、幸せだねぇ」
パンケーキを頬張りながら、おじいちゃんおばあちゃんのような物言いがおかしくなって笑う。杏介くんとずっとこんな関係でいれたらいいな、と私は心の中で願った。
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