俺は俺だから

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「えーっと……まずその前に、あなたのお名前を聞いてもいいかな?」 「は? わたしですか? 田原ですけど」  田原と名乗った彼女は、怪訝な顔で私を見つめている。自分の意見を肯定してほしかっただけなのに、この女は名前を聞いてどうするんだとでも思っているのだろう。  結婚の約束を交わした恋人とはいえ、他人の友人関係に口を出すのは憚られるが、ここまで言われたら私だって彼女に言いたいことがある。 「田原さん、趣味はある?」 「え、趣味? うーんと、最近はキャンプかな! こう見えてアウトドア派なんで、都会に疲れたときは自然を感じたくなるっていうかぁ」 「キャンプかあ。道具も揃えてるの?」 「そうそう! 最近は便利なキャンプ用品がいっぱい売ってるから、ついつい買っちゃうんですよ! あ、でもテントとか設置するのは面倒だから、いつも彼氏任せなんですけどねー」 「いいね、楽しそう」 「いいですよー、キャンプ! コンビニも自販機もない森の中だから、生きる力が試されるっていうか! 人間的に成長した気分になるんですよねぇ」  嬉しそうに語る彼女に相槌を打ってから、すっかり溶けてしまったクリームソーダをまた一口すする。それから、相槌を打ったその笑顔のまま彼女に言った。 「でも、私はキャンプなんてやめたほうがいいと思うな」 「……は? な、何言ってるんですか?」 「だって、森の中って虫が多いでしょ。嫌じゃない? 蚊に刺されたり」 「あははっ、大丈夫ですよー! 虫除けスプレーすればいいし、殺虫剤も持って行くから」 「え、殺虫剤? 自然を感じたいのに、虫は殺しちゃうんだ。それって矛盾してない?」  にこにこと作り笑顔を保ったまま淡々と言い放つと、彼女はあからさまに苛ついた顔をして見せた。  黙りこくっていた杏介くんも顔を上げて、私が何をするつもりなのかと心配そうな視線を送ってくる。でも、私はそれに構わず言葉を続けた。 「生きる力が試されるって言ってたけど、便利な道具は使うんでしょ? それに面倒なことは人任せにして、それってコンビニ使うのと変わらなくない?」 「なっ……!?」 「自分に都合のいいように少しだけ自然を感じたいなら、他にいくらでも方法あるよね。せっかく都会に住んでるんだから、わざわざ田舎になんちゃってキャンプしに行かなくてもいいと思うけど」 「はあっ!? わ、わたしが楽しんでるんだからいいでしょ!? どうして他人にそこまで口出しされないといけないのよっ!」  私の言葉に激昂した彼女が、がたんと椅子から立ち上がる。水でもぶっかけてきそうな勢いに一瞬怯んだが、その雰囲気に呑まれないように私はことさらゆっくりと口を開いた。 「……同じだよ。杏介くんも、田原さんも。もちろん、私も」 「はあっ……!?」 「趣味として楽しんでることに他人から口出されたら、うるさいなぁって思うでしょ? 誰にも迷惑かけずに楽しんでるんだから、放っといてくれって」  ようやく私の言わんとしていることに気付いたのか、田原さんが目を見開いてぐっと息を詰めた。不安そうに私を見つめていた杏介くんは、何か言いたげに口を開いたけれど、戸惑うような素振りを見せてまた口を噤む。 「大学時代のことは分からないけど、杏介くんはそっとしておいてほしかったんだと思うよ。それに、田原さんとも普通の友達になりたかったんじゃないかな」 「え……」 「でも、田原さんは違ったんだよね。それは仕方ないけど、それなら余計なお節介はもう焼かないでほしい。杏介くんは私の大切な人だから、不用意に傷つけるようなこと言わないで」  語気を強めて言うと、田原さんは気まずそうに私から目を逸らした。それから、恐る恐る杏介くんの方を見やって「ごめん」とか細い声で謝ってくれる。 「……ごめんね、初対面のくせにひどいこと言って。それじゃ、私たちはもう行くから」 「え、ちょ、ちょっと待っ」 「行こう。杏子ちゃん」  呆然と座り込んでいた杏介くんの腕を引っ張って、店の出口へと向かう。田原さんが何か言いかけたようだったが、聞こえないふりをした。せっかくのクリームソーダとパンケーキはまだ残っていたけれど、これ以上彼女のそばに杏介くんを置いておきたくなかったのだ。
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