俺は俺だから

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 素早く会計を済ませて、お店から50メートルほど進んだところで、私はぱっと杏介くんの腕を離した。 「で、出しゃばってごめんっ!」 「え……」 「や、やっぱ言いすぎたよね? 年下の女の子相手に本気で言い負かそうとしちゃって、私の性格悪いとこ全部出ちゃったし! あー、田原さんもうキャンプやめちゃったらどうしよう……」  今さら自分の言ったことを悔やんで頭を抱えていると、ただただ目を丸くしていた杏介くんが思い切り吹き出した。  そんな彼に今度は私が目を丸くしていると、杏介くんはひとしきりげらげらと笑ったあと、涙目になりながら「笑ってごめんね」と一言謝った。 「あれだけカッコいいことさらっと言ってくれたのに、急に自信なくしちゃうんだもん。落差激しすぎるよ、恭子さん」 「だ、だって! さっきは、その、頭に血が上ったっていうか、カチンときちゃって」 「意外と短気だよね、恭子さんって。あー、お腹捩れるかと思った。ごめん、もう笑わないから」  そう言いながらもまだ杏介くんはくすくすと笑っていて、なんだか腑に落ちない私は彼を置いてすたすたと歩き始めた。  待ってよ、と追いかけてきた杏介くんが私の右手を握る。さすがにそれを振り解くほど怒ってはいないので、渋々ながらも彼の手を握り返した。 「恭子さん、ありがとう。俺のために怒ってくれて」 「あ、あれは誰だって怒るよ! ていうか今、杏子ちゃんなのに俺って言ったよ」 「うん、もういいの。俺は俺だから」  訳が分からず彼の顔を見上げると、片手に持っていたショップバッグをひったくられてしまった。慌てて取り返そうとしたけれど、意地でも返すつもりがないのか、杏介くんは両手に大量のショップバッグをぶらさげてにっこりと笑う。 「持たせて。彼氏っぽいことしたい」 「え……で、でも今の感じだと、私が友達に荷物持たせてる嫌な奴に見えるんだけど」 「いいから。あー、なんかすっきりした! ねえ恭子さん、今日はデパ地下で夕飯買って帰ろうよ。食費気にせず好きなだけ!」 「えっ!? 今日は散財したから、夕飯は残り物でなんとかするって言ってたじゃん」 「気が変わったの。どっかで食べて帰ってもいいけど、それだと恭子さんを味わう時間が減るっしょ? だからデパ地下寄って帰ろ」  もはやどこから突っ込めばいいのか分からなくなって、私は諦めて大げさにため息をついた。とにかく、杏介くんがさっきの彼女の言葉で落ち込んでいないのならそれでいい。 「……分かった。じゃあ、あれが食べたい。タコとホタテのマリネと、葱だれの唐揚げ」 「ああ、恭子さんの好きなやつね。いいよ、いくらでも」 「あと、タルトも買って帰る! 期間限定の、桃がいーっぱい乗ったやつ!」 「おー、いいね。ホールで買っちゃう?」  妙にテンションの高い杏介くんに合わせて、私も慣れないわがままを言ってみる。今の彼なら、きっと私が何を言っても「いいよ」と返してくれるだろう。根拠はないけれど、なぜかそう思った。 「あと、杏介くん」 「ん、なに?」 「荷物、半分持たせて。やっぱ手ぶらじゃ落ち着かないよ」 「……ええー」  流れに乗って「いいよ」と言ってくれるかと思ったのに、杏介くんは不満そうに唇を尖らせた。  珍しく子どもっぽい彼に苦笑しながら、私は説得を試みる。 「その日に買った服持って帰るのって、なんだかわくわくしない? 袋が何個もあると特に」 「……まあ、それは分かる」 「でしょ? それに、杏介くんだけに荷物持たせるのは嫌だな。せっかく二人一緒にいるんだから、荷物だって分け合わないと」  そう言いながら、杏介くんが左手に持っていた荷物を半ば無理やり奪い取る。そして、空いた彼の左手に自分の右手をそっと握らせた。 「ね、こっちのがいいでしょ?」 「……うん。こっちのがいい」  ぎゅっと強く手を握ると、杏介くんが安心したように笑みをこぼす。それが嬉しくて、私もにっこりと心からの笑みを返した。
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