可愛いのは

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「あ、あの……今日、仕事終わったら一緒にご飯食べに行こうって言ってたでしょ?」 「え? うん、そうだけど」 「だから、そのー……ちょっとはデートっぽい格好がいいなあって、思って……そのシャツだと、かっちりしすぎてて可愛くないかなあと……」  なんだか妙に気恥ずかしくなって、私はそっと目線を逸らした。仕事帰りにデートをするから女の子らしい格好がしたいだなんて、いい年こいて何を言っているんだとでも思われてしまうかもしれない。  しかし、杏介くんはそんな私を笑うことも諭すこともせず、ちょっと怖いくらいの真顔で見つめていた。 「え……杏介、くん?」 「あー、もう……恭子さん、朝から可愛いこと言うのやめてくんない? ムラッとしちゃったじゃん」 「えっ!? な、なんで?」 「そりゃあそうでしょ。ああもう、それ以上は何も言わないでね。会社遅刻させちゃいそうだから」  それだけ言うと、杏介くんは真顔のまま二人分の洋服が詰まったウォークインクローゼットに入っていってしまった。  腑に落ちないままその後ろについていくと、彼はハンガーに吊るされているジャケットやコートたちをかきわけて、その中から薄手のニットカーディガンを手に取った。 「これ、貸してあげる。ちょっと大きいかもしれないけど、羽織ものだからいけるっしょ」 「え……いいの!?」 「いいよ。これならそこまで派手じゃないからいいんじゃない」  ぶっきらぼうな言い方だが、そう言った彼の耳がほんのり赤く染まっていることに気付いて、私は思わずにやけてしまった。珍しく照れているらしい。 「……何にやにやしてんの」 「だって、杏介くんが可愛いから」 「可愛いのは恭子さんでしょ」  本当に遅刻するよ、という忠告を残して、杏介くんはさっさとキッチンへと戻って行ってしまった。お味噌汁と焼き魚の香りが漂ってくるから、きっと今日は和食の朝ごはんだ。  にやつきを抑えられないまま、彼が貸してくれたオリーブカーキのニットカーディガンに袖を通してみる。落ち着いた色味だから、これなら会議に出ても浮くことはないだろう。  少し大きめのそのカーディガンは、ほのかに杏介くんの匂いがする。それを着て行けることがなんだか嬉しくて、私は姿見の前でくるりと一周してみせた。
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