可愛いのは

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 仕事を終えた私は、駅を出てすぐの場所にある百貨店の前で杏介くんを待っていた。  彼が来るまで暇つぶしにスマホをいじっていると、ピコンと音が鳴って画面にメッセージが表示される。「もう着くよ」の短い一言を見て、自然と頬が緩んだ。 「あー、いたいた。お待たせ、恭子さん」 「杏介く……じゃない、杏子ちゃん! ううん、そんなに待ってないよ」  軽く手を上げてこちらにやってきたのは、今日もばっちりおしゃれをした"杏子ちゃん"だった。  朝家を出る時は男の子の格好をして仕事用の作業着を着ていたのに、今は緩くウェーブのかかったロングヘアのウィッグを被り、目元までしっかりメイクをしている。アイシャドウはオレンジのワントーンで、唇には濃いめのブラウンリップが塗られており、なんとも秋らしい色づかいだ。 「はあー……毎回思うけど、本当におしゃれだよね。そんな色のリップ持ってたっけ?」 「ん、これ? ネットで評判良かったからつい買っちゃった。今度貸してあげるよ」 「えっ、いいの!? 私でも似合うかなぁ」 「あー、恭子さんはピンク系の方が似合うかもね。でも一回くらい試してみたら?」  そんな女子らしい会話を交わしながら、日が落ちて薄暗くなった街の中を二人並んで歩く。夕飯時にはまだ少し早いので、とりあえずいつも買い物をする通りをぶらつくことにした。 「恭子さん、入りたいお店あったら言ってね」 「うん、杏子ちゃんもね!」  そう返すと、杏介くんはふっと目を細めて笑った。何か面白いことでもあったのかな、と尋ねようとしたその時、ふと左手が温かいものに包まれる。 「え……」 「手ぇ、つないでもいい? ていうか、もう繋いじゃったけど」 「え、あ、うん……私はいいけど、杏子ちゃんはいいの? いつも、その格好の時は繋がないのに」  私よりもひとまわり大きな手を握り返しながら尋ねる。杏介くんは「そうだったっけ?」なんてとぼけた素振りをしてみせたけれど、少し照れ臭そうにぽつりぽつりと話し始めた。 「なんか、楽しくなっちゃって。恭子さんと出会えてよかったって、改めて思った」 「え……な、なんで?」 「だって、夢だったし。こうして好きな格好して、好きな子と街歩くの」  どこか遠くを見ながらそう言った彼の横顔を、私は何も言えずにただ見つめていた。
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