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「なっ、なんで!? なんでこんなに綺麗なの!? ファンデ何使ってんの!? アイシャドウは!?」
「はっ……?」
「ていうか、髪は!? こんなツヤツヤで、トリートメント何使ってんの!?」
「あ、いや、これはウィッグで」
「ウィッグか! いやそれにしたって綺麗すぎるよ! そうだ、さっきから聞きたかったんだけどその服はどこで買ったの!? 似合ってるし合わせ方も上手だし、何をお手本にすればこんなにおしゃれになれるの!?」
矢継ぎ早に質問を投げかける私を、彼どころか隣の席に座っていた若い女の子たちまでもが怪訝な顔で見つめていた。
その視線に気づいて、はっと我に帰る。まさかの真実に思わず場所を忘れて叫んでしまった。
「ご、ごめん。あまりにもびっくりして」
「いや、それは無理もないっていうか……てか、ドン引きしたんじゃないんすか?」
「ドン引き? うん、したよ。生まれつきの女なのにこの程度にしかなれない自分にドン引き」
「生まれつきのって……まあいいか。あ、一応言っておきますけど、女の子の服が好きなだけでオネエとかじゃないっす。恋愛対象は女の子なんで」
「ああ、うん、分かった。いや、それにしてもすごい……私より女の子じゃん……」
ははあ、と感嘆のため息を漏らしながら改めて彼の全身を舐めるように見回した。
そう言われてみれば確かに、最初に私の手首を掴んだ時も力強かったし、女性にしてはちょっとハスキーな声だなと思ったし、背も高いし手も骨ばっているし、男性だと思って見るとまた違う印象に思えた。
しかし、それでもやはり美しすぎる。しかも女性ものの服を完璧に着こなしているのがまたすごい。
「それで、そのスカートはどこのお店で買ったの? この近くにある?」
「え……ああ、近いっすよ。あそこのビルの地下にあるお店」
「え、地下にもお店があるの!? 行ったことない! ねえねえ、この後一緒に行かない?」
「いい、っすけど……え、あれ? いいんすか? 恭子さんは、それでも」
「それでも、って……え?」
彼の言わんとしていることが分からずに首を傾げると、彼はぼそぼそと「男でも、いいんすか」となんだか拗ねたように聞いてきた。
「あー、そういうことか……確かにびっくりしたけど、逆にもっと話したくなっちゃった。服のことも、あとメイクのことも聞きたい。男なのにどうしてそんなに綺麗になれるのか」
「男のくせに、とか、気持ち悪いとか思いません?」
「そりゃ似合ってなかったら気持ち悪いかもしれないけど、めっちゃ似合ってるもん。そんなこと気にして、気の合う趣味友達になれそうな人を逃すのはもったいないかなって」
我ながら身勝手な理由だが、これが本心だった。男だとか女だとかは抜きにして、この"きょうこちゃん"ともっと話したい。
ファッション誌を見ながらおしゃべりするのもいいし、お互いお気に入りのショップを巡って買い物なんてできたら、どんなに楽しいだろう。想像しただけでわくわくする。
「それにさ、私、他人の趣味をバカにする人間にだけはなりたくないんだ。元彼と同じになっちゃうもん。そうでしょ?」
「うん……そっか。そうっすね」
彼の口元にようやく笑みが浮かぶ。私の主張を理解してくれたのか、先ほどまでの気まずそうな表情ではなく、どことなく晴れ晴れとした顔をしている。
「それじゃあ、改めて。この格好してる時は、杏子って呼んで。よろしく、恭子さん」
「分かった。よろしくね、杏子ちゃん。ふふっ、趣味の合う友達ができて嬉しい」
「……友達、か」
ぼそっと何か呟いた杏子ちゃんは、その独り言をかき消すかのように頭を振った。そして、私の前にすっと右手を差し出してくる。
よくよく見てみれば、確かに男の子らしい手をしている。ひょろっとした私のものとは違う、ごつごつとした男の人の手だ。
それに気付いたら少しどぎまぎしてしまったけれど、彼は友情の証として握手を求めているのだろう。それを拒むわけにもいかず、私はその手をぎゅっと握り返した。
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