俺、男だよ?

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 荷物を持って会社を出ると、外はしとしとと雨が降っていた。  持ってきた折りたたみ傘を開いて、雨降りの街の中を歩き出す。じめっとした空気は不快だが、目的地へと向かう足取りは軽い。  杏子ちゃんは、どんな格好で来るかな。今日はどんな話をしようか。  彼と知り合ってはや一ヶ月、週末の昼頃集まってランチをして、その後ショッピングをするというのが恒例になった。  互いの職場が近いと分かってからは、週に一回、平日の夜も一緒にご飯を食べている。食事中の話題はもちろん、ファッションやメイクのことばかりだ。  杏子ちゃんはセンスがいいだけでなく、常に最近のトレンド情報を集めている勉強家でもあるようで、彼の話はファッション誌よりも参考になる。ついでに私の服装についても容赦なくダメ出しをしてくるから、彼と会う日は特に気合を入れた服を着るようになった。  先ほど同僚にも指摘されたが、以前まで会社に行くときはいつも履きやすさ重視のぺたんこパンプスを履いていた。ちなみに、五年も前に買ったものなので見るからによれよれだった。でも、履き心地だけは良かったから、いつまでも捨てられずにいたのだ。  しかし、杏子ちゃんはその靴を目にするなり、「そんな気の抜けた靴履いてくるのやめてくんない?」と苦虫を噛み潰したような顔をした。  だから、今日はこの前買ったばかりのポインテッドパンプスを履いてきた。ヒールは五センチだけだが、あのへたれた靴よりはずっと女らしいと思う。 「あっ、いた! 杏子ちゃん、お待たせ!」 「ううん、そんなに待ってない。こんばんは、恭子さん」  待ち合わせ場所に着くと、そこにはすでに杏子ちゃんが待っていた。  小さくスリットの入ったコットン生地のワイドパンツに、太めのスタックベルトが印象的な焦茶色のサンダルがよく合っている。それにフロントボタン付きのブラウスは爽やかなホワイトで、そのまま店先のマネキンが着ていそうなくらい完璧なコーディネートだ。 「さすが杏子ちゃん、今日も可愛いね」 「うふふ、ありがとう。恭子さんも、そのシャツよく似合ってる」 「ありがと! あっそうだ、見て見て! 今日はヒールのある靴にしたの。このパンプスならどう?」 「おお、やっとあのへなちょこ靴やめてくれたんだ。いいね、可愛い」  彼から「可愛い」の一言をもらうと、誇らしいような、ちょっとくすぐったいような気分になる。  私の小さな努力を認めてもらったような気がして、その一言を聞くたびにもっと可愛くなりたいと思えるのだ。 「うーん、どうしよっかな。恭子さん、今日は居酒屋でもいい? すぐそこの」 「え? いいけど……でも杏子ちゃん、行きたいお店あるって言ってなかった? 確かスペインバルみたいなとこ」 「うん。でも、ちょっと歩くから。今日雨だし、せっかく可愛い靴履いてきてくれたしね」  私の履いているパンプスを指差してから、杏子ちゃんはスマホを取り出すと「今日やってるかなー」とお店を調べ始めた。  まだ履き慣れない靴だし、今日は雨で路面が濡れているから、きっと私に気を遣ってくれているのだろう。 「え、杏子ちゃんが行きたかったとこにしようよ。そこまでヒール高くないから、余裕で歩けるよ」 「やだ。俺が歩かせたくないの」  彼の言ったその一言に、不覚にもどきっと心臓が脈打った。  深い意味なんてきっと無いだろうに、まるで恋人のように大切に想われているような気がしてしまったからだ。  彼はただの親切心からそう言ってくれただけなのに、胸が高鳴ってしまった自分が恥ずかしくなって、私は話を逸らすようにぼそりと呟いた。 「……杏子ちゃんも、俺って言うんだね」 「え? ……あー、無意識だった。そりゃ言うよ、男だし」 「いつもはあたしって言うのに」 「それはまあ、その時の気分次第」  気分次第で一人称も変えてしまうのか。杏子ちゃんのその自由奔放さが羨ましい。  そうこうしているうちに調べ終えたのか、彼はスマホをバッグに仕舞って歩き出した。その隣を歩きながら、「そういえばあそこのショップ閉店するらしいよ」なんて情報交換をしているうちに、さっきの杏子ちゃんの言葉に胸が高鳴ったことも忘れて、いつものように彼との話に夢中になった。
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