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《中野くんって、もったいないよね》
「中野くんってさぁ、本当にもったいないよね」
半開きになった研究室のドアを前にして、俺は思わず動きを止めた。
室内には同じゼミの女の子たちが何人か集まっているようだが、その輪の中で話題に上っているのはどうやら俺のことらしい。
「普通の格好してればカッコいいのにさー、なんで女装なんかしちゃうんだろ? 絶対に損してるって、あれ」
「私も思った! たまに男の子の服着てくるとマジ別人だよね! しかも無駄にカッコいいから腹立つ」
「あはは、腹立つって!」
「女装してても普通に綺麗なのがまた腹立つんだよねー。『杏子って呼んで』なんて言うけどさ、男って分かってたら呼べないっしょ」
陰口というよりも、単なる噂話といったところだろうか。
あの服装似合ってない、なんて言われていたらショックのあまり泣き崩れるところだが、「カッコいい」「綺麗」ということは一応認めてはくれているらしい。そのことにはほっとしたが、「腹立つ」なんて表現をされているあたり、好意的に受け入れられているわけではないようだ。
「その割に女好きじゃない? 何がしたいのって感じ」
「分かるー! また振られちゃったーなんて言ってたけど、あの格好でデートに来られたらそりゃ嫌だよね」
「えー、もう別れたの? あれでしょ、合コンで知り合ったっていう女子大の彼女」
「そうそう! 女装なんかしてるくせにそういうとこグイグイ行くもんねー、中野くん。意味分かんなくない?」
ほんとそれー、と声を揃えて笑い合っている女の子たちの中に入っていくのはさすがに憚られて、俺は踵を返した。固いヒールの音が響かないように、そろりそろりと来た道を戻る。本当は研究室に置いてある本を借りたかったのだが、それはまた明日にしよう。
あの場面でご本人登場、なんてことになったら場の空気が凍りつくことは間違いないだろう。同じゼミだから今後も接点はあるわけだし、彼女たちとの関係を悪化させたくはない。何も聞かなかったことにするのが正解だと判断した。
「ほんと、アレさえ無ければいいのにね」
ただ、去り際に聞こえてきたその言葉が、いやに脳裏にこびりついて離れなかった。
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